内容説明
大正歌壇の寵児・苑田岳葉。二度の心中未遂事件で、二人の女を死に迫いやり、その情死行を歌に遺して自害した天才歌人。岳葉が真に愛したのは?女たちを死なせてまで彼が求めたものとは?歌に秘められた男の野望と道連れにされる女の哀れを描く表題作は、日本推理作家協会賞受賞の不朽の名作。耽美と詩情―ミステリ史上に輝く、花にまつわる傑作五編。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
W-G
566
これは素敵な短編集。違う作家が料理すれば凡作になりかねない内容も含まれるだけに作家としての技量というか力をはっきり感じる。こういう、透き通った文章でドロッとした情念を描くような、日本の、この時代ならではの作品たちを堪能できる。それでいて表題作『戻り川心中』のような覆しかたもしてくるあたりがニクイ。『桐の柩』や『戻り川心中』のような理解の範疇を超えたような心理をさらっと描き切った作品が私としてはイチオシ。後手にまわっているけれど、未読の作品を集めていかなくては…。2018/03/22
青乃108号
305
読み終えた時のあまりの衝撃に、レビューが書けなかった。普段は読み終えたらすぐに即興で感じたままを書いてる俺にとってはそれだけ特別な本となったのだ。五編からなる短編集で共通して鍵となるのは「花」である。いずれも粒ぞろいの作品だが、やはり表題作の「戻り川心中」が凄い。2度も心中未遂を起こした伝説の歌人。彼は何故その様な事になってしまったのか。そうしなければいけなかったのか。その理由が徐々に明かされながらも二転三転、ついに辿り着いたその真相に心が震えた。すぐには1文字も、書く気になれなかった。読むべき傑作です。2025/04/24
サム・ミイラ
277
この小説が刊行されたのは昭和55年。私が丁度二十歳の時である。今初めてこの書に触れもしその頃に読んでいたらと想像する。その後の人生に恋愛観に影響を及ぼしただろうと思うが、いや理解は出来なかったかも知れないとも思う。それほどに幾重にも纏う人の心の機微を情念をそぎ取るかの如き洞察には驚嘆を超え畏怖する。いずれの物語もただ先を知りたく文章を追うのももどかしい。最後には必ず驚愕の真実が待つ。純文学としてのロマンや退廃と推理小説の融合がこれほど高次元に結び付いた作品を私は他に知らない。これこそ読むべき本である。2016/09/17
しんたろー
213
連城さん『花葬』シリーズと呼ばれる8作品中の5作を収録した短編集。30年以上ぶりの再読だが、やはり唸らされた!いや、この歳になってこそ、やっと判る事も多かった。大正前後の時代背景を最大限に利用し、男女の情念や人間の業を時には情緒的に時には耽美的に表現して、モチーフにした花が香ってくるような世界観…単なるミステリに留まらず、まるで純文学のように昇華されていて、セピア色の名画でも観ているような感覚になった。最後の10ページ程で解き明かされる真相も驚かされる事が多く「大人のミステリ」を求める人に薦めたい名作だ。2018/06/08
🐾Yoko Omoto🐾
199
第34回日本推理作家協会賞受章、東西ミステリー12位作品。高い評価に違わぬ、否それ以上の傑作で今頃連城作品初読みという自分が恥ずかしくなるほど。全編大正から昭和初期を背景に、人の持つ業や情念を巧みにトリックに生かしながら文学的な匂いを漂わせる短編集で、人が死に殺される殺伐さを繊細で寂寥感溢れる美文で浄化するかのような美しいミステリ。表題作の「戻り川心中」はやはり白眉でトリックの美しさが際立つ。「藤の香」の真相の妙にも唸らされた。誰かへの思慕の念は、究極の自己愛とまさに紙一重であると見事に描ききった傑作。2014/05/05