内容説明
聖人にもエゴイストにも徹しきれない私たちが共に生きていくための可能性としての連帯。異なる環境や立場に置かれた人々が納得できるルールと社会をどう構築すればいいのか。そのひとつの答えがここにある。
目次
序章 友愛と連帯―錯綜する同一性と差異
第1章 エミール・デュルケム(´Emile Durkheim 1858‐1917)
第2章 レオン・ブルジョア(L´eon Bourgeois 1851‐1925)
補章1 ピエール‐ジョセフ・プルードンと連帯の哲学
第3章 レイモン・サレイユ(Raymond Saleilles 1855‐1912)
補章2 連帯社会における「正常と異常」
第4章 シャルル・ジッド(Charles Gide 1847‐1932)
補章3 相互扶助組織の歴史と連帯
終章 贈与と連帯
おわりに―次なるテーマへ
著者等紹介
重田園江[オモダソノエ]
1968年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本開発銀行を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得。現在は明治大学政治経済学部准教授。専門分野は政治思想史、現代思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Mealla0v0
5
本書でのデュルケムの位置づけは、連帯主義が異質なものとの連帯を目指すという点に重きを置いたもので、このような読みが本書全体のトーンを規定している。ともすれば同質的な圧力と批判されかねない「社会」を、異質なものたちの連帯の場と読み込んでいくこと。ブルジョア、ル・プレーだけではなくプルードン贈与論のやモースも連帯の哲学に位置づけられているあたり、強く感ずるところ。フランス連帯主義に関する研究としても非常に興味深いが、著者の目指す社会像へ向けての議論、そういう規範性が読み取れる。2021/02/27
PETE
1
フランスにおける階級対立を乗り越える連帯のための試みとして、協同組合運動とその思想を解明していく試み。とくに、作家ジッドの叔父シャルル・ジッドの章が興味深い。それでも、終章で取り上げられるマルセル・モース以外は近代経済社会の前提に囚われているという限界があると思う。社会思想の人類学的転回が求められていた、ということなのだろう。2022/03/04
壱萬参仟縁
0
はじめに、に書かれているように、貧困と格差の拡大は、市場主義の正しい競争があれば解消する、ということへの疑義が提起される(xⅲページ)。同感だ。第一章のデュルケムの『社会分業論』は21年前に永井彰先生の社会学のレポート課題で取り上げたことがあり、懐かしかった。プルードンの相互性、相互主義とは、「自己利益に配慮する と同時に (ここは傍点)他者の利益にも配慮する関係」(85ページ)という。要するに思いやりだ。贈与論のモースがデュルケムを継承したのは銘記しておきたい。2012/09/10
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