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利己的な遺伝子 (増補新装版)

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  • サイズ B6判/ページ数 558p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784314010030
  • NDC分類 467.2
  • Cコード C0040

内容説明

「なぜ世の中から争いがなくならないのか」「なぜ男は浮気をするのか」―本書は、動物や人間社会でみられる親子の対立と保護、雌雄の争い、攻撃やなわばり行動などが、なぜ進化したかを説き明かす。この謎解きに当り、著者は、視点を個体から遺伝子に移し、自らのコピーを増やそうとする遺伝子の利己性から快刀乱麻、明快な解答を与える。初刷30年目を記念し、ドーキンス自身による序文などを追加した版の全訳。

目次

人はなぜいるのか
自己複製子
不滅のコイル
遺伝子機械
攻撃―安定性と利己的機械
遺伝子道
家族計画
世代間の争い
雄と雌の争い
ぼくの背中を掻いておくれ、お返しに背中をふみつけてやろう
ミーム―新登場の自己複製子
気のいい奴が一番になる
遺伝子の長い腕

著者等紹介

ドーキンス,リチャード[ドーキンス,リチャード][Dawkins,Richard]
1941年生まれ。エソロジーの研究でノーベル賞を受賞したニコ・ティンバーゲンの弟子。現在、オックスフォード大学科学啓蒙のためのチャールズ・シソニー講座教授。1976年に刊行された処女作『利己的な遺伝子』が世界的な大ベストセラーとなり、ドーキンスの名声を世界に轟かせた。英国学士院会員。1987年英国学士院文学賞とロサンゼルスタイムズ文学賞、1990年マイケル・ファラデー賞、1994年中山賞、1997年国際コスモス科学賞、2001年キスラー賞、2005年シェイクスピア賞を受賞

日高敏隆[ヒダカトシタカ]
1930年生まれ。東京大学理学部卒業。京都大学名誉教授、総合地球環境学研究所所長。動物行動学者

岸由二[キシユウジ]
1947年生まれ。横浜市立大学卒業。慶応大学経済学部教授

羽田節子[ハネダセツコ]
1944年生まれ。東京農工大学卒業。現在、動物学関係の翻訳に携わる

垂水雄二[タルミユウジ]
1942年生まれ。京都大学理学部卒業。現在、科学ジャーナリスト(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

利己的な遺伝子 〈40周年記念版〉はこちら



原書刊行30年を記念したスペシャルエディション!

生物界を操る利己的遺伝子の真相に迫る天才的生物学者の洞察が世界の思想界を震撼させる――世界で100万部を超える大ベストセラーで、生物・人間観を根底から揺るがす。動物や人間社会で見られる親子の対立と保護、雄と雌の争い、攻撃やなわばり行動などの社会行動の進化を遺伝子の利己性から説明した衝撃の話題作!

新組・美装の新版=【第三版】の特色
◎30周年記念版への序文
◎著名な3名による書評:W.D.ハミルトン、ピーター・メダワー卿、ロバート・レウィン
◎索引の充実
etc.

★日高敏隆さん(訳者)「『利己的な遺伝子』のインパクト」(「i feel」出版部50周年記念号より)★
「 リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』の原著が刊行されてから、はや三十年になる。世界にとって、日本にとって、この三十年とは何であったのだろうか?
 一九七六年『The selfish gene』と題されたこの本が出版されると、イギリスの「Nature」やアメリカの「Science」といった著名な科学雑誌をはじめとして、さまざまな書評が次々と出た。「われわれは遺伝子の乗りものである」というこの本の出現は、それほどショッキングなできごとであったのである。
 かつてナチス・ドイツが誇らしげに唱えていた「Deutschland über alles」(すべてに冠たるドイツ国)ということばをもじって、「Genes über alles」(すべてに冠たる遺伝子)と題した書評もあった。
 「連綿と生きつづけていくのは遺伝子であって、個人や個体はその遺伝子の乗りもの(vehicle)であり、遺伝子に操られたロボットにすぎない」というドーキンスの主張は、到底すなおに受け入れられるものではあり得なかったのだ。
 ドーキンス自身が述べているとおり、この考えはドーキンスのオリジナルではない。古くからあるヴァイスマンの「生殖質連続説」の流れに乗ったものであり、集団遺伝学や現代動物行動学の成果の当然の帰結であった。ドーキンスはそれを象徴するキャッチフレーズとして、The selfish geneということばを創造したのである。
 しかしこのキャッチフレーズのインパクトは絶大なものであった。The selfish geneつまり利己的な遺伝子ということばはたちまちにして世界じゅうに広まり、人々の日常会話の中に浸透していった。「利己的遺伝子」という遺伝子が存在すると思いこんでしまった人々も少なくない。
 そのような状況の中でちゃんと理解されていたのかどうかわからないのは、「遺伝子の利己性」というものを強調しようとしたこの「利己的遺伝子」観が、ダーウィンの進化論を本来の姿で捉え直すものであったということである。
 このThe selfish geneというキャッチフレーズのもとにドーキンスが述べた「正しい」ダーウィン主義の視点は、当然ながら「種族維持」という従来の概念とは完全に対立することになる。
 「私はダーウィン以上にダーウィン主義者なのです」と言っていたコンラート・ローレンツは、一九七三年にノーベル生理・医学賞を受賞している。動物行動学の開拓者としての彼の業績とその影響は評価しきれないくらい大きいものであるが、「行動は種族維持のために進化した」とするローレンツの考え方は、この本で根本的に批判されている。動物の行動は種族維持のためにではなく、利己的な遺伝子の存続のために進化したのであって、種族維持はその結果にすぎないのだ。
 かつてわれわれは、生物には個体維持と種族維持という二つの働きがあると教えられた。今でもそう思っている人がいる。しかしこの二つは遺伝子の存続という点では一つの現象なのである。
 「種族維持」という進化の根幹に関わる発想が否定されたこのことは、『利己的な遺伝子』刊行後の三十年間におけるもっとも大きな転換であったといってよいであろう。
 「個体発生は系統発生をくりかえす」という古くヘッケル以来の伝説のようなものがある。これも進化の根幹にふれる問題として人々の心を長い間とらえてきたが、ごく最近出た『個体発生は進化をくりかえすのか』(倉谷滋著、岩波科学ライブラリー)に明快に述べられているとおり、要するに生物の発育のプログラムの問題ではないだろうか。そしてこの発育のプログラムも、利己的な遺伝子によって組み立てられたものなのである。
 ただし、プログラムを作りあげているのは遺伝子の集団であって、どれか特定の遺伝子ではない。そしてプログラムがどのようにしてできるのかは、「ヒト・ゲノム」がわかったからといってすぐにわかるようなものではない。
 けれどこのプログラムは人をロボットのように操っているのではない。遺伝的プログラムは厳然として存在しているが、それを具体化していくのは、個体であり個人なのである。
 ドーキンスの『利己的な遺伝子』の邦訳が出版されたとき、それを手にした多くの人々は何か癪にさわるものを感じたらしい。しかし癪にさわると思いつつもついつい読んでしまったと言っていた。このあたりにこの本のもつ興味ぶかい意味があるような気がする。ドーキンスがこの本で提示した「ミーム」について論じたスーザン・ブラックモアの本(『ミーム・マシーンとしての私』草思社)も読み、彼女の話も聞いたが、「ミーム」(模倣子)なるものと利己的な遺伝子との関係は、やはり謎に包まれたままである。」


■北日本新聞5/22、週刊アスキー7/18、朝日新聞10/15、日経10/15、読売新聞12/10



★編集担当者より
【『利己的な遺伝子』の受け止め方――海外と日本の事情】
「われわれは遺伝子という名の利己的な遺伝子を保存するべく盲目的にプログラムされたロボット機械なのだ」。この有名な一文から始まるドーキンスの処女作『利己的な遺伝子』は、海外では最初から衝撃をもって受け止められたわけではなく、「最初から書評は心地よいほど好意的で、これが論争的な本だとは見られなかった」。何年かのちには「大いに問題をはらんだ本だという評判が高くなっていって、……その同じ年月の間に、この本の実際の内容は、次第、次第に極端なものとは思われなく」(本書XIIページ)なった。
 日本では、この本に対する反応は全く異なっていた。好意的な書評もあった一方で、大方はこの本の主張を「嫌いなもの」・極論として評していたが(資料添付)、そのうち竹内久美子の『そんなバカな!』(『利己的な遺伝子』を紹介)が売れ、テレビが「男の浮気は遺伝子のせいよ」と言わせる番組をつくったりしたため、その内容が大いに曲解されてしまった。
 今回の「30周年記念版」を通して読んでみると、この本は極論を述べていたわけではなく、いまとなっては至極真っ当な論を展開しているように思え、「遺伝子の眼から見た世界観」まで語ってしまうところが大英帝国育ちの著者らしいと言える。ドーキンスの最初にして最大の著作で、新しい読者との出会いを求めて、いま日本版も「三度目の船出」の旅に出る。

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