知覚と発見―科学的探究の論理〈上〉 (復刊版)

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知覚と発見―科学的探究の論理〈上〉 (復刊版)

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  • サイズ B6判/ページ数 320p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784314008709
  • NDC分類 401
  • Cコード C1040

内容説明

我々は日々どのようにものを見ているのであろう。同じものは同じように見るのか、それとも人によって違った風に見るのか。“見る”ことに関するさまざまな理論を検討しながら、著者は、“見る”とは“理論を背負って”見ることであって、“なまの事実”などというものはないと主張する。斬新な語り口で眼の背後にある言語的な構造を明らかにして、科学的に見るとはどういうことか、事実とは何か、等の問題にも明快に答える。科学理論は事実によって反駁されるのではなく、別の理論によって反駁されるのであるという著者の学説は、学界に新風を吹きこんだ。本書は、彼の理論の全体像を講義録をもとに編集したもので、我々の自然観、科学観に根本的転換を迫る、恰好の「科学哲学入門」である。

目次

第1部 挑発と抑制(哲学すること―幾つかの論理的区別;概念的境界の設定;測定と計算―さらなる境界線)
第2部 科学的に見るという行為(見るとは眼を向ける以上のことである;同じものを見ること;“見る”ことと“として見る”こと;“として見る”ことと“ことを見る”こと;見ること、言うこと、知ること;目の背後の眼鏡;事実を見ることは可能か;事実とことを見ること)

著者等紹介

ハンソン,ノーウッド・ラッセル[Hanson,Norwood Russell]
1924年生れのアメリカの科学哲学者である。音楽家を志してカーティス音楽院に学んだが、第二次大戦に応召しアメリカ海兵隊の戦闘機パイロットとして活躍した。除隊後音楽家の道を捨て、シカゴ大学およびコロンビア大学で物理学と哲学とを専攻し、さらにオックスフォード、ケンブリッジ両大学で研究を重ね、学位を取得した。その後1952年よりケンブリッジ大学で科学哲学担当の講師を務めたが、1956年のスエズ紛争でイギリスに幻滅を感じ、翌年アメリカに戻って、インディアナ大学における学際的な学科としての科学史・科学哲学コースの創設に参画し、後にそこの主任を務めた。インディアナ大学およびイエール大学で哲学教授の任にあったが、1967年4月、愛機のグラマン型ベアキャット(彼のニックネーム「ベアキャット」はこれに由来する。またイエール大学では「飛行教授〔The Flying Professor〕」とも呼ばれていた)を駆って悪天候の中を飛行中(一説にはピストンエンジン機のスピード世界記録に挑戦中であったとも伝えられる)、事故に遭って43歳の若さで亡くなった。彼の多方面にわたる華麗な才能を、僚友のS・トゥールミンは「現代アメリカに生れ育ったフィレンツェ・ルネサンス人」と評している
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

科学的に見ることの本質を語る科学哲学入門

我々は日々どのようにものを見ているのであろうか。著者は、〈見る〉ことに関するさまざまな理論を検討しながら、〈見る〉とは「理論を背負って」見ることであって、「なまの現実」などないという。眼の 背後にある言語的構造を斬新な語り口によって明らかにし、科学的に見ることの本質、事実と理論の関係等に答えていく、まったくユニークな「科学哲学入門」。