内容説明
独立教会の牧師だった父親が開いていた祈祷会。そこではみんながポロポロという言葉にはならない祈りをさけんだり、つぶやいたりしていた―著者の宗教観の出発点を示す表題作「ポロポロ」の他、中国戦線で飢えや病気のため、仲間たちとともに死に直面した過酷な体験を、物語化を拒否する独自の視線で描いた連作。谷崎潤一郎賞受賞作。
著者等紹介
田中小実昌[タナカコミマサ]
1925年、東京・渋谷生まれ。東京大学文学部哲学科中退。軽演劇、バーテンダー、将校クラブの雑役、香具師などの職を転々とした後、翻訳、文筆業へ進む。1979年、第八一回直木賞と第一五回谷崎潤一郎賞を受賞。2000年、ロサンジェルスにて客死
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感想・レビュー
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こばまり
44
【再読】こと戦場にあって物語化は記憶を上書きし、死者に対する冒瀆に繋がるのではないか。煙に巻かれるばかりの初読を経て思い至ったが果たして。2017/08/29
踊る猫
33
癒やされるものを感じた。とはいえ、口当たりの良い文章が書き連ねられているわけではない。もちろんコミさんだから奇を衒った表現でこちらを驚かせるわけではないが、言い淀みがあり、すんなりと真っ直ぐストーリーを進めないぎこちなさが存在するのだ。そのぎこちなさはしかし、語義が矛盾してしまうがとても心地良い。それはそのまま、すんなり「物語」を(なんなら小説を)語ってしまってたまるかというコミさんの几帳面さや誠実さの表れであるだろう。ここまで誠実に語ろうとする姿勢は、時代を超えて人の胸を打つ。スケールがでかくない問題作2019/11/28
踊る猫
32
書くことが、必然的に何かの形式におさまること。具体的には「物語」になってしまうこと。そこから何かが匂い始める……田中小実昌はそうした匂いに敏感で、そこから何らかの(こんなキツい言葉は使っていないが)「嘘くささ」「フェイク」をも嗅ぎ取ってしまうのだろうなと思った。いや、だったらただ言葉をざっくばらんに並べて終われよということになるのだろうが、そうしないというか、ついつい良質な「物語」を編んでしまうところがこのコミさんの生理でもある。そこでコミさんは「いいのかな?」と葛藤する。それは極めて「誠実」な態度と思う2023/09/10
三柴ゆよし
30
このひとはどうして小説なんて書いたのだろう。そう思わせる作品群だった。言葉は平易だが、読みやすい文章ではない。よく虚飾された文ということを言うが、それにしたがえば小説の文などその最たるものだ。小説は虚を語る。虚を語る言葉は、やはりどこか虚飾されていなければならない。私たちはこういう文章に慣れている。しかるに田中小実昌は、文章から極力、虚飾を排す。通例、小説であれば「~だ / である」と断言することをしないから、「~だろう / らしい」という推量の表現が多くなる。小説は嘘っぱちだ。それはだれでも知っている。2016/12/15
阿部義彦
27
マイ本屋で末井昭さんの「素敵なダイナマイトスキャンダル」映画化にあやかって、末井さんにまつわる本のコーナーを作ってました。そこから末井さんの奥様の神蔵美子さんの勧める本としてあったのを購入。少し前にちくま文庫からコミさんのエッセイ集を読んでたので渡りに船でした。中国戦線での過酷な体験、アメーバ赤痢にかかって病院での生死を彷徨う瞬間や、無残にも死んでいった同僚の事などが冷めた文体で綴られています。谷崎潤一郎賞受賞作。2018/04/14