内容説明
襲い来る病苦に呻きつつ、死に傾く堀河帝の姿に対して、“われ”は、何もなし得ないおのが無力感のまま、ひたすら、愛執の眼差しを注ぎ続けるほかはなく、病床に添い臥しながら、その体感を内奥に刻印するしかない。生の側に取り残された“われ”は、堀河帝の魂に呪縛された日常のなかで、新帝に仕える身でありながら、しばしば、現実の時空から転出し、ありし日の帝の記憶に回帰せざるを得ないのだった。愛が基底にながれる日本文学史上極めて稀有な日記作品。現代語訳付き!
目次
上巻(五月の空も;六月二十日のことぞかし;かくて、七月六日より;明け方になりぬるに;かくおはしませば ほか)
下巻(かくいふほどに;かやうにてのみ明け暮るるに;十九日に;十二月一日;十二月も ほか)
著者等紹介
小谷野純一[コヤノジュンイチ]
二松学舎大学大学院文学研究科国文学専攻修士課程修了。現在、大東文化大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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しゅてふぁん
23
讃岐典侍(藤原長子)による堀河帝看病記と鳥羽帝出仕日記。読む前は長子の深い嘆きを日記にしたもの、という漠然としたイメージだった。上巻(堀河帝が崩御するまで)を読んでいるときは、確かに嘆いてはいるけれど、この時代の作品では日常茶飯事なので案外普通だなと思った。下巻は鳥羽帝に仕えながらも内裏の至る所で、また行事の度に在りし日の堀河帝を思い出し、その思い出を辿る回想録になっていて、読み進むにつれて長子の嘆きの深さと愛執がじわじわと心に広がっていった。愛する人、しかも崇拝する主をひたすらに思い続ける作品だった。2017/09/07
ひろゆき
3
看病日記。一部は堀河帝が死に至るまでの記録、二部は追憶の日々。死にゆく天皇に添い寝して慰める立場の語り手の稀な記録は、興味深い。原文のみの判読は無理。見開きの現代語訳ありがたし。2015/05/18
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- 月光 文春文庫