内容説明
1991年はイラクのクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争が始まり、またソ連崩壊により東西冷戦時代が終わりを告げた年だった。しかし目先の情況に対応するだけで何ら危機意識を感じず、漂流を続ける「戦後日本」。巨大な常識人たる司馬はこの時期、孤独であった―。日本は近代化を推進させるなかで何を学び何を失ったのか。
目次
日本人よ“侍”に還れ―萩原延壽
英国の経験、日本の知恵―ヒュー・コータッツィ
近代化の推進者・明治天皇―山崎正和
明治国家と平成の日本―樋口陽一
さいはての歴史と心―榎本守恵
日本人は精神の電池を入れ直せ―西澤潤一
著者等紹介
司馬遼太郎[シバリョウタロウ]
大正12(1923)年、大阪市に生れる。大阪外国語学校蒙古語科卒業。昭和35年、「梟の城」で第42回直木賞受賞。41年、「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞受賞。47年、「世に棲む日日」を中心にした作家活動で吉川英治文学賞受賞。51年、日本芸術院恩賜賞受賞。56年、日本芸術院会員。57年、「ひとびとの跫音」で読売文学賞受賞。58年、「歴史小説の革新」についての功績で朝日賞受賞。59年、「街道をゆく“南蛮のみち1”」で日本文学大賞受賞。62年、「ロシアについて」で読売文学賞受賞。63年、「韃靼疾風録」で大佛次郎賞受賞。平成3年、文化功労者。平成5年、文化勲章受章。平成8(1996)年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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レアル
50
幕末、黒船ペリー来航を皮切りに日本は無理やりにでも海外と付き合わねばならなかった。また雄藩ではこの時代イギリスへ密航入学させるなど、こちらから海外へ飛び出して学びに行っている。そんなこの幕末から維新時代に訪れた日本における外交の対談が多かったかな。そんな外交について日本の思想、天皇、当時の海外の情勢等、様々な角度から捉えて語られ、かつ外交を上辺だけでなく本質から語るその内容が奥深い。2018/09/28
aponchan
16
司馬遼太郎氏作品乱読の中のうちの一冊。各分野の知識人と司馬遼太郎氏との対話集だが、当シリーズはレベルが高く、面白いが読むには時間がかかる。古い本だが、今読むと、憂いていた将来の日本への危惧が当たっている気がする。また、当シリーズも機会を作り、継続して読みたいと思う。2020/01/06
クラムボン
15
『近代化の相克』 明治時代に西洋文明を受け入れる中で、前代までの伝統文化は是か非か…言わば《葛藤・もがき》がテーマ。特に萩原延壽(のぶとし) との対談が良かった。…よく知らない方だが『遠い崖 アーネスト.サトウ日記抄』全14巻がある在野の歴史家。司馬さんは江戸時代、そして明治をとても評価する。「江戸期は人間の行動を美しくさせる基準、原理が侍社会にはあった。」そして萩原さんも「明治維新を境に…立派な働きをした人たちの…モラル、倫理は前代の遺産だったことが多い。」と賛同。そして副題は《日本人よ、侍に還れ》だ。2021/08/30
時代
10
そうか、だから司馬遼太郎先生は直接的な天皇論を避けていたのか。なるほど△2020/05/06
まさにい
7
再読。樋口さんとの対談をもう一度読んでおこうと思ったのだが、結局全部読んでしまった。ヒュー・コータッツィとの対談は記憶から外れていた。ここで、気になった言葉が、日本の野党には国際感覚が無いという指摘。この対談の当時は、湾岸戦争が始まっていて、社会党の土井たか子がデクエアル事務総長とフセインとの会談の時間を無駄にしたという。野党も戦争に対する日本の姿勢を真剣に考えるときに来ていると思う(今に始まったことではないが……)。2022/03/20