出版社内容情報
黙せる王は、ながい沈黙のすえ万全不変のことばを得る──"文字"である。中国古代、初めて文字を創造した高宗武丁をえがく名品!
内容説明
黙せる王は、苦難のすえ万世不変の言葉、すなわち文字を得る―古代中国で初めて文字を創造した商(殷)の高宗武丁を描く表題作。夏王朝初期、天下覇業の男達の権謀術数を記す「地中の火」。周王朝の興亡をたどる「妖異期」「豊饒の門」など。美姫の姿も艶めかしい壮大なロマン。乱世、人はいかに生きるかを問う。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
遥かなる想い
70
中国で初めて文字を作り出した商(殷)の高祖武丁を描く表題作を含んだ 短編集。「漢字」というものに拘りを持つ著者らしく、意気込みを感じるが、私には古代中国史はあまりあわないようだ。それにしても、ほとんど 資料もなにもない時代を文字から想像を膨らませて物語を紡ぎだすとは・2010/06/12
藤月はな(灯れ松明の火)
57
動乱の世であろうとも艱難辛苦であろうとも行先を決めるのはその人の有様と運と巡り合わせだ。「沈黙の王」の主人公は武帝。状況を冷静に俯瞰できるも、生まれてからついぞ、口を開かなかった彼は周囲の不安からくる侮りとそれによって派生した夢によって国を追われる不条理。最初に師事を請うた者から向けられた憐れみの目を見て「この者は師ではない」と思い切る気持ちは分かるな…。その後、巡り合わせを待っていた彼は理解者を得、初めて世界に「文字」を齎したのだ。黙する事によって生まれたものの恩恵を読者はここで初めて理解する構成が憎い2024/05/29
Book & Travel
56
古代中国の三代~春秋辺り、紀元前2000年頃!~500年頃が舞台の短編集。短編といっても、それぞれ壮大な一代記のような物語で読み応えがあり、短編という感じがしない。時代背景の知識に疎いためか最初は少し入り込みにくかったが、宮城谷氏の丁寧で清々しい文体に徐々に古代中国の世界に引き込まれていった。特に最後の「鳳凰の冠」が良く、主役の叔向はじめ伯華、祁奚と器量ある人物が魅力的。「妖異記」の鄭友、伯陽もそうだが、宮城谷氏はこういう名君・名臣の話を嫌味なく書くのがうまいと思う。文字をつくった商の武丁「沈黙の王」は~2017/03/14
キジネコ
48
「涅(でっ)すれども 緇(くろ)まず」孔子さんの残した言葉にあって「染めても染めても黒ずまないものが真に白いものである」という意。この本の5篇めの物語「鳳凰の冠」のサブキャラ祁奚(きけい)の精神の真正を評す言葉として使われます。正しいと信じるものの為に命をも惜しまない、という生き方を体現する人物が作家の物語には多く登場し、「人が美しく生きる」という難解な命題を私に突きつけます。そもそも人とは何だ。処世に求める美とは どの様な姿をしているのか。そして生から死までの間は、果たして現なのか、一話の幻なのか?2015/08/03
星落秋風五丈原
45
古代中国で初めて文字を創造した商(殷)の高宗武丁を描く表題作を読み返してみた時、寂寥間に包まれた。 高宗武丁は、生まれつき口がきけなかった故に、君主の役目を果たせないとされ、国を出された。仕方がない。国民にどう命ずる?どう気持ちを伝える?唯々諾々と従った武丁だが、その心は決して穏やかではなかった。むしろ言えないものがどんどんと溜まってゆく。どこかに出さねば心が窒息する。出口はどこか。この闇を照らす光はどこか。二つを必死に求め、そしてようやく文字という道具を見つけ出す武丁。作業自体は、確かにとても苦しい。 1994/10/05