内容説明
異国の森の小さな家で、幼子と二人きり、妻を待つ。森から声が聞こえる、奇妙な住人が訪れる、妻は戻らない…三島由紀夫賞受賞作『にぎやかな湾に背負われた船』から四年、小説の新たな可能性を切り拓く傑作短編小説集。
著者等紹介
小野正嗣[オノマサツグ]
1970年大分県生れ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。パリ第8大学で文学博士号を取得。2001年「水に埋もれる墓」で第12回朝日新人文学賞、02年「にぎやかな湾に背負われた船」で第15回三島由紀夫賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
169
森から聴こえる静かなる生きものの気配。ひそやかに、けれど濃密に。 木の葉が舞い散る。いいえ、あれは小鬼の足音。森にあるのは戦争の記憶。溢れ出る難民。小鬼はちいさなものをさらっていく。お皿も、赤子も。見つからないよう死神の大鎌を刈って犬を飼う。死に捕まらないよう息を潜めて。 悪意に満ちた歪な世界、めくれあがる唇に紫色の歯茎を剥き出し嘲り笑う。哀しくて少しこわい日常は上滑りする。少しずつずれて、いつの間にか元いた場所とは随分遠いところに来ている。揺らいだ大地に、ひとりきり立っている、いつから。2019/08/03
あつひめ
70
自然には明確な答えがないように、生命が宿ることの神秘さも、やはり答えがなどない不思議な世界なのかもしれない。森が靄に包まれたように、音が消えたように感じる物語。シーンとした中で、そーっとささやくように言葉が交わされる。子供の手のひらのしっとり湿った肌触りを思い出した。小野さんの作品は初めて。他の作品も読んでみたくなる。2015/02/12
(C17H26O4)
69
不安。不穏。得体の知れない何かがわだかまる。森が元凶なのだろうか。今僕のいる場所はどこだろう。僕の隣にいる息子はどこにいるのだろう。身重の妻が実家へと立ってから不意に口を開ける裂け目。何かが侵食してくる。境界が曖昧になる。憎悪や哀切が粘膜となって臓腑にねっとりと貼りつくようだ。何かの密度がどんどん濃くなる。子宮のぬくもりかもしれない。小鬼の高笑いが聞こえる。こんな読書経験したことがない。素晴らしい描写に気分が悪くなる。怖かった。文字が歪んで見えてくる感覚。文字がはみ出してきてわたしを取り込もうとしている。2019/05/18
南雲吾朗
57
風邪をひいて熱がある状態で観るような、現実とも幻覚ともつかない曖昧な情景を永遠に見せられている様な感覚。「九年前の祈り」とはまるで違う印象を受ける。子供が母親を慕う感覚が、歪んだ感情として現れてくる。困惑する父親。家族が増える事により母親を独り占めできなくなる葛藤が森の小鬼として子供に現れてくるのだろうか?それとも、森の持つ不気味さのせいか?微熱で体調が悪いような感覚がずっと付きまとう小説。小野正嗣さんの物静かな風貌の奥にはとてつもない闇が潜んでいるのだろう。2020/03/10
まるっちょ
9
暗いのに、引き込まれて読んでしまう。世界から疎外感を覚える「僕」は息子を抱えて妻を探しに行く。殺されたメンドリ、虐待される犬。女の胸に宿る二匹のリス。贖罪の子鬼たち、鳥肌が立つぐらい気色が悪い郵便配達員。悪意が満ちている。それなのに描写はこの世のものとは思えないほど美しい。ギャップがある。森は人間には制御できない。とてつもなく強大な世界では、人間は圧倒的に無力だ。あれ、森ってどこのことなのだろう。日本で起きているのか、遠い外国の物語なのかあいまいになる。「金色、銀色の光の帯」。ああ、グロテスクだが好き。2017/03/21