内容説明
母は夜更けに爪を切った。てこじいのうずくまっているそばで。ふらりと現れた謎めいた祖父に、僕は魅かれてゆく…。忘れられない町、忘れられない時を瑞々しく描く最新刊。
著者等紹介
湯本香樹実[ユモトカズミ]
1959年東京都生まれ。東京音楽大学卒。処女小説『夏の庭―The friends』(福武書店、新潮文庫)で日本児童文学者協会新人賞、児童文芸新人賞を受賞。同作は映画化・舞台化されたほか、多くの国で翻訳され、米国バチェルダー賞、ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞を受賞した。「西日の町」は第127回芥川賞候補作となった
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感想・レビュー
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ゆうゆうpanda
54
『夏の庭』『ポプラの秋』から受けた印象。老人と子供は相性が良い。そして老人の務めは正しい順番で死んでいくこと。老人は子供に「死」を見せる教師なのだ。『西日の町』はその集大成とも言える。「僕はそのとき、てこじいの顔が変わるのを見たのである~」から続く9行。今まさに死んでいこうとする瞬間をスローモーションで描く。それはまるで詩。自然の中にある美しい刹那を人もまた身の内に持っている。浮浪者同然で転がりこんで来たてこじい。彼が残したしるしは、西日差す小さなアパートの壁の汗染みだけではない。心に沁みる命という残像。2016/07/07
めしいらず
36
落ち着いた語り口にすーっと引き込まれる。親愛も憎悪も含めて、親子の関係はやっぱり分かち難い。表向きは良好とは言えなくても、心の奥底ではちゃんと父と子。西日射し込む安アパートの一室、まるで自身に罰を与えるかのように一人壁にもたれ過ごし、父は何を思っていたのだろう。娘の複雑な思いは、夜更けの爪切りに表れる。母の弟の言動が、2人の関係性、感情の機微を際立たせる。ラストの病室のシーンの美しさ。ゆっくりと身体に沁み渡るような優しい物語。2012/12/29
Atsushi
22
僕が母と二人で暮らすアパートに突然現れた母方の祖父「てこじい」。これまで散々家族に迷惑をかけてきた。母も娘として許し難い気持ちを持つが、てこじいがバケツ一杯になるまで採ってきたアカガイ、てこじいが入院する病院へ母が毎日持参したしじみの味噌汁。やはり、過去はどうであれ、親娘の絆は断ち切れないと思った。「長いこと、お疲れさま」臨終の際に娘として囁いた一言に父を思う気持ちが伝わり、胸が熱くなった。2017/07/17
じいじ
22
読友さんからの献上本。勿論初読み作家。ひっそり母子で住むアパートにやってきた祖父「てこじい」、3人の生活が始まる。心の裡とは裏腹に祖父に冷たく当たる母、てこじいと孫とのやり取りが丁寧に、優しい筆致で描かれた佳作の家族小説。この作品の三人の家族設定が、今の私の環境にピタリと重なり感無量の読後感になった。てこじいと孫の会話ににんまりしたり、目頭が熱くなった。おすすめ度:★★★(満点)2014/09/05
ひろ20
21
てこじいと母と僕。北九州、K市西日の照りつける粗末なアパートにてこじいが突然来た。僕がその当時を思い出しながら語っていくストーリー。家族に迷惑ばかりかけてきた父親でも、小さい時に可愛がられた思い出があれば憎みきれないと思う。てこじいの好きなシジミ汁を毎日病院へ届ける母。僕と母に死に際を見せるてこじい。最後まで多くを語らないまま逝ってしまう。愛情表現が苦手な親子、心の中では許してあげてたのかなと思う。2017/02/21