内容説明
十九歳になったジョン・グレイディ・コールは国境近くの牧場で働いていた。メキシコ人の幼い娼婦と激しい恋に落ちた彼は、愛馬や租父の遺品を売り払ってでも彼女と結婚しようと固く心に決めた。同僚のビリーは当初、ジョン・グレイディの計画に反対だった。だがやがて、その直情に負け、娼婦の身請けに力を貸す約束をする。運命の恋に突き進む若者の鮮烈な青春を、失われゆく西部を舞台に謳い上げる、国境三部作の完結篇。
著者等紹介
マッカーシー,コーマック[マッカーシー,コーマック][McCarthy,Cormac]
1933年、ロードアイランド州生まれ。大学を中退すると、1953年に空軍に入隊し四年間の従軍を経験。その後作家に転じ、『ブラッド・メリディアン』(1985)の発表などにより着々と評価を高め、「国境三部作」の第一作となる第六長篇『すべての美しい馬』(1992)で全米図書賞、全米批評家協会賞をダブル受賞。第十長篇『ザ・ロード』(2006)(以上、早川書房刊)は、ピュリッツァー賞を受賞し、世界的なベストセラーを記録した。名実ともに、現代アメリカ文学の巨匠である
黒原敏行[クロハラトシユキ]
1957年生、東京大学法学部卒、英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
346
最初の構想からそうであったのかどうかはわからないが、別の物語としてあった『すべての美しい馬』と『越境』とが融合し、ビリーとジョンの物語として「国境三部作」がここに完結する。主人公はジョンでもビリーでもなく、メキシコ国境に近いこの地の風土そのものだろう。それは強い乾き(渇きでもある)を孕んだ寂寥の風景である。ジョンの想いの熱さはナイフによる決闘という形によってしか結実しえなかったが、それもまた何物をも生まない。後に残るのは荒野だけなのであり、しかもそこはもはや失われた世界である。2023/06/20
えりか
54
「国境三部作」が終わってしまった。哀愁と力強さとロマン感じる、そしてこの喪失感。愛と息を呑む死の決闘、これが今は失われた西部。ジョンとビリーの孤独で寡黙であった二人が互いに相棒と呼びあう仲となっている冒頭から、胸にぐっとくるものがある。読者として読む時、俯瞰でもなく、彼らと対等でもなく、正面からでもなく、常に後ろから彼らの背中を見つめているように感じさせる。彼らを後ろから追いかけ、見守るように読むことしかできない。彼らの悲しい宿命とこの喪失感で、読後の余韻がたまらない。マッカーシーはすばらしいと思う。2018/08/18
ヘラジカ
53
<国境三部作>完結篇。『すべての美しい馬』を読んでから約8年、「遂に読み終えてしまった」という一抹の寂しさを覚える。あまりにも非情で、あまりにも不可解で、あまりにも美しい神話世界。古臭い西部劇をここまで崇高なる文学作品に仕立てた作家が他に存在するだろうか。エピローグは途轍もなく難解だが、その理解の容易ではない哲学こそがそのままこの世界のありようなのだと勝手に納得してしまった。遺作を読んだときに覚えると思った寂寥感をもう味わっている。いつか三作まとめて時間を置かず通しで読みたい。2024/03/05
市太郎
40
再読。国境三部作の完結。一部と二部の主人公が合流。失われゆく古き西部の牧場生活とジョンのメキシコ人娼婦の少女との恋がメインストーリー。幻想的に描かれるメキシコは別世界で、誰にもその真実を捉えることは出来ない。その異世界に足を踏み入れる二人は、神をも否定し得る圧倒的な暴力を目の当たりにする。愛した為に破滅していくという盲人が語る物語に、神も愛も幸福とは同義ではないと。時が永遠であるのと同じように二人のアウトローの旅は、魂だけの存在となったとしても、繰り返し物語られる永遠のストーリーで、永遠の夢でもあるのだ。2013/11/24
nobi
35
馬の背に乗ってゆっくりと牧草地を進むように穏やかに物語が進む。「美しい馬」で出会ったジョン・グレイディが登場。再び彼に魅せられてしまう。馬とも老人とも対話する。ぶれない。仲間を裏切らない。カウボーイ仲間も駆り立てた山犬の仔犬も。現代が失くしてきているものをこんな形で提示するのは素敵だ。そこで終わっていても十分だったのに、その先恋の齎す急峻な山道が待っていた。一途な恋の物語には大概引いてしまう。がジョン・グレイディにはその道しか取り得なかったと深く共感してしまう。「美と喪失はひとつ」の悟りはあまりに悲しい。2016/06/11