内容説明
父の迎えを待ちながらピンボール・マシンで遊んだデパート屋上の夕暮れ、火星に雨を降らせようとした田宮さんに恋していたころ、そして、どことも知れぬ異星で電気熊に乗りこんで戦った日々…そんな“おれ”の想い出には何かが足りなくて、何かが多すぎる。いったい“おれ”はどこから来て、そもそも今どこにいるのだろう?日本SF大賞受賞の著者が描く、どこかなつかしくて、せつなく、そしてむなしい曖昧な記憶の物語。
著者等紹介
北野勇作[キタノユウサク]
1962年兵庫県生まれ。1992年、『昔、火星のあった場所』が第4回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。その後、SFマガジン誌を中心に数多くの短篇作品を発表する。2001年発表の長篇『かめくん』で、第22回日本SF大賞および「ベストSF2001」国内篇第1位を獲得。理系的なアイデアを叙情性に満ちた日常描写でつつんだ独特の作風が人気を集めている
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ぜんこう
19
『門』、脳ミソ、海馬、アメフラシ、電気熊(=人工知熊←能じゃなく熊w)、落語『あたま山』、異星人・・・主人公の記憶があいまいなので、主人公自身がヒトなのかアメフラシなのか異星人なのか何だかわからない。 作者の夢に見た話しを聞かされているようで、でも夢の話はつまらない、なんてこともなく、不思議と楽しめちゃう(もちろん楽しめるかは人それぞれ)。 SFというか小説自体が作者の夢物語が文章になったもんみたいなもんですからね。 今後もたまに北野勇作さんを読んでみよう。2018/08/12
miroku
19
北野勇作の原点とも言える作品。のらりくらりとふわふわと。物語が進むほどに浮かび上がる空洞、どーなつの穴。穴は虚無。虚無の周辺を描く作品・・・か?2013/06/28
ミツ
16
ファンシーな表紙とタイトルに騙されることなかれ。よくわからないまま始まって終わった戦争、火星に雨を降らせることを願った田宮さん、謎の電気熊に乗り込んで行う倉庫内軽作業の日々。断片的に語られるそれらの物語はどれも非現実的で曖昧で、しかしほのぼのとした悪夢のようであり、脳みそをモゾモゾといじくられているような、なんとも居心地の悪い思いをさせられる。変質し歪められた断片はやがて微かに繋がり始め、そしておぼろげに判明する全容は恐ろしくグロテスクであるけれど、同時に切なく哀しく、痛ましいのは何故だろうか。2014/08/27
かふ
14
短編連作SFだった。何気ない日常からSF世界に繋げる。途中落語を挟むなんて、文学センスも高い。村上春樹のピンボール好きには、最初の『百貨店の屋上で待っていた子供の話』で、じ~んときちゃう。「ある日の熊さん」ピンボール」。「熊さんの歌」が永遠にリフレインする。ヴォネガットの語りでディック的な不条理SF世界。北野勇作氏は、日本SF大賞受賞作『カメくん』も面白かった。以下、https://note.com/aoyadokari/n/nf87559a6ecb42021/11/20
gu
13
唯一無二の落語SFにしてアメフラシSF。北野勇作の作品は「物語に逃げられてしまった空っぽの器」が語る物語という印象がある。空っぽの器は小説の言葉そのものでもあって、言葉を満たす意味が入れ替わる度に、小説の景色ががらりと変わってしまう。物語は器を変えてどこまでも伝わっていくことができるけれど、同時に決して手の届かない「既に終わってしまった出来事」でもある。〈もうおれはここにはいないんだ〉という呟きの圧倒的な寂しさ。2018/06/18