出版社内容情報
誰もが一度は耳にしたことがある「歴史的事件」と、誰もが疑問を抱く一つの「問い」を軸に、各国史の研究者が過去と現在をつないで未来を見通すシリーズ第14弾。清朝のありようとその変遷を象徴する「アヘン戦争」をキーワードに、未だ真の革命を成就できない「中国」の核心に迫る。
【目次】
[事件の全容]
第1章 なぜ、アヘンをめぐって戦ったのか?
[事件の歴史的・宗教的背景]
第2章 清朝は、明朝のアンチテーゼだったのか?
[同時代へのインパクト]
第3章 アヘン戦争は、清朝の秩序・体制を変えたのか?
[後世に与えた影響]
第4章 現代の中国は、清代からどのように変わったのか?
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
パトラッシュ
120
中国は憲法前文で「アヘン戦争以後の中国は半植民地状態になった」と規定する。清朝が国家としてあまりに弱体であったため、諸外国の侵略を許したというのが公式の歴史観・戦争観なのだ。広大な領域を少数の満州人だけで統治できないと自覚していた清朝は、明朝以来の制度や習慣を容認した上に乗る形で君臨し、軍事力が背景の強圧的支配を行わなかった。しかも中華思想は受け入れて大国意識が増長した結果、何度戦争に敗れても自らを変えられず自滅したと。その後に成立した人民共和国は強大な軍隊を建設して、清朝と同じ轍は踏まないと訴えている。2026/08/08
まーくん
74
”西洋の衝撃”を受け、受動的ながら開国、近代化へ邁進した日本との違いについて考えさせられた。 アヘン戦争という言いがかりのような戦争を仕掛けられも華夷思想にドップリ漬かった清朝の秩序・体制は揺るがず、その体制が真に動揺、崩壊に向かうのは日清戦争後だという。少数民族の満州族が漢族を支配する清朝は軽量の統治機構で、税収さえ確保できれば下々まで管理する意思も能力はなかった。貿易に関しても国家としての通商を求める英国マカートニー使節に乾隆帝は「”地大博物”の我が国には何でもあるので貿易の必要はない。⇒2026/06/10
さとうしん
20
清朝の政治体制のあり方からアヘン戦争の意義(のなさ)と、それ以後の展開をたどる。これまでの著者の一般書での議論のエッセンスがまとめられている。「西洋の衝撃」というのはあくまで西洋の視点からの見方であることや、体制あるいは文化的な衝撃については日清戦争など日本との関わりの方が大きかったという点はその通りだと思うが、一方で治外法権が必ずしも「不平等」条約とは見なされていなかったという点などは、江戸幕府にしても同じだったのではないかという点など、「?」と思う所も目に付いた。2026/05/14
ピオリーヌ
16
2026年6月の刊。岡本先生の著作に親しんでいる私にとっては、すんなり腑に落ちる内容であった。岡本史学に触れるならばこの一冊からが良いかも?中国公式の歴史観では、アヘン戦争は「近代」の出発点とみなされているが、実際はそのとき清朝は殆どなにも変わらず、大きな変動があったのはそれよりずっとあと、日清戦争をはじめとした日本との関係によるものである。という指摘はまた義和団事件以降の所謂「瓜分の危機」の時代認識に関して、再考の余地があるのではないか?という指摘も新鮮である。2026/06/25
ジュンジュン
14
中国にとって、アヘン戦争=「西からの衝撃」よりも日清戦争=「東からの衝撃」の方が甚大だった。否応なく、近代と対峙した中国は国民国家への転換を志向。一民族一国民一国家を目指し、革命を繰り返す。体制はなんとかなっても、中身の中華民族や中国国民の創出に今なお苦しむ。背景には前代からの官民乖離や上下疎遠、空間的な地域分立があるという。「革命、未だならず」といったところか。2026/10/16




