メディアと知識人―清水幾太郎の覇権と忘却

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  • サイズ A5判/ページ数 373p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784120044052
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C0036

内容説明

売文業者か、思想家か。ネット・テレビ・活字論壇に登場し、今をときめく「メディア知識人」たち。忘れ去られた思想家清水幾太郎から、彼らの生存戦略そして「業」が見えてくる。

目次

序章 メディア知識人の原型
1章 インテリになりたい
2章 断たれた東大教授への道
3章 迎合・抵抗・差異化
4章 スターダムに
5章 スランプ・陶酔・幻滅
6章 アラーミストに
終章 覇権と忘却

著者等紹介

竹内洋[タケウチヨウ]
1942年生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。京都大学大学院教育学研究科教授、関西大学人間健康学部教授などを経て、現在、関西大学東京センター長、同大学名誉教授、京都大学名誉教授。専攻は歴史社会学・教育社会学。主な著書に『革新幻想の戦後史』(中央公論新社、第13回読売・吉野作造賞)など多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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やまやま

7
キャリアから行動を分析するのは著者の得意とするところで、今回は清水幾太郎の変遷である。テキストを聖典視せず、その書き手の存在した空間を踏まえて言説を理解せよというブルデューの視点に沿って「転向」の原因を捉え直したものとする。出自分析では学歴資本と継承文化資本という2つのパラメータを用いて、清水は正系的傍系と指摘する。正系になるためには学歴資本が東京帝大であることが必須であるが、継承文化資本としては山の手エリートでなく下町の庶民であるために傍系となる。いささか強引な見解かもしれないが、納得できるものも多い。2020/12/14

うえ

6
戸田貞三の「「そんなことは俺は知らん」「俺は、お説教は嫌いだ」という言葉に、清水との微妙な師弟関係があらわれている。戸田のようなニッチな社会学者にとっては、学説研究や理論研究をもっぱらにする清水のような学生は師のアイデンティティを揺るがすに十分な存在である。…清水が師と仰いで尊敬しているのが、三木清や谷川徹三などの花形メディア知識人であることがはっきりすればするほど、戸田は快く思わなくなっただろう。…そこには、戸田に代表される当時の官学知識人のメディア知識人に対する穏やかならざる感情が介在していた。」2020/05/29

スズツキ

5
かつて学生により「最も書いてほしい著名人」にも選ばれ、かなりの影響を与えた清水幾太郎の繁栄と没落。今でも一部の新書はそこそこ読まれているみたいだが、過去の功績を見ると何だかしのびない。2015/09/24

ぽん教授(非実在系)

3
「メディアと知識人が大衆の空気を作り出す一因である」という問題意識に基づいた卒論を執筆する際に慌てて購入することになった本。現在のポピュリズムに基づくメディア知識人の原型として清水幾太郎をプルデューなどの理論に基づいて生い立ちから丹念に知識人界隈での生き方戦略を検証していく労作。2005年の小泉劇場や2009年の民主党大勝利を読み解くうえでも不可欠な本だと感じた。2012/12/29

湯豆腐

2
ポジショントークの社会学。ブルデュー=竹内先生の理論武装した学歴厨的屈折は嫌いになれない。同じようにインテリへの愛憎を抱えて生きた清水幾太郎の評伝ということで心の襞まで分け入って分析してみせる様はいつの間にか私小説のようにも見えてくる。将来竹内洋論が書かれるならば重要な一冊になるにちがいない。2018/09/11

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