内容説明
内戦の深傷を負うスリランカで、生死を超えて手渡される叡智と尊厳―。オンダーチェ渾身の傑作長篇。
著者等紹介
オンダーチェ,マイケル[オンダーチェ,マイケル][Ondaatje,Michael]
1943年、スリランカで茶農園を営む富裕な地主階級の家に生まれる。両親ともオランダ人、タミル人、シンハラ人の混血。ロンドンのパブリックスクールを経て、62年、大学進学を機にカナダへ移住。67年、第一詩集『繊細な怪物』を発表。70年『ビリー・ザ・キッド全仕事』(国書刊行会刊)でカナダ総督文学賞受賞。92年『イギリス人の患者』(新潮社刊)で、カナダ作家として初のブッカー賞を受賞
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感想・レビュー
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(C17H26O4)
76
出会ってからの短い間に声で会話した時間はどれくらいだろう。100時間か、いや多分それ以上。いや時間では計れないはず。互いの人生や心を良い意味で探り合うような日々は、多くの知り得ない事柄や少しの誤解と共に気遣いや思い遣りで溢れている。こんなことがあるんだね、という言葉が嬉しくて頷いたのだった。物語に軸はあるが本質はそこではない。登場人物の会話から次第に立ち上がって見えてくる彼らの人となりや生き方こそにほぼ全てがある。目的が終わったとしても彼らの人生が交差したこと、おそらく深いところで繋がったことは確か。2021/05/22
南雲吾朗
71
雑草を抜くように簡単に人が殺される。そんな日常が当たり前の世界で暮らすというのはどういう感覚なのだろう?戦争は私たちが想像し得ないような価値観を生み出し、それがまかり通ってしまう。この物語はスリランカ内戦の悲惨さを国際協力(検死)という形を通して語りかけてくる。国内(スリランカ)の情勢を国外(西欧諸国)の感覚で判断すると必ず歪が生まれる。国際的判断というものは万国に通じるわけではない。たとえ不正な事だとしても、真実の追及が必ずしも道を正すとは限らない。(続く)2020/10/03
キムチ
53
不可思議な標題、柔らかなタッチの水彩画の装丁(スリランカ・・病院がある景色かな)、想定以上のタフな読書だった。公私ともにバタついたこともあって1週間、オンダーチェのメタテクスト技巧に魅せられた。複数の原テクストがばらばらな時系列の下に、コマ落としの様に浮かんで消える。筆者独特の被説明的な文章は取りつきにくいが・・。「English Pasient」と酷似!闇に浮かぶ詩情、立体的遠近的・・焦点距離が多様。情景はおろか言葉すら輪郭がぼやける。交錯の果てに筆者が愛してやまぬスリランカ、そこに息づいてきた兄弟と2024/10/28
ちえ
39
国際人権委員会の要請で掘り出された遺体の死因の調査の為生まれ育ったスリランカに15年ぶりに戻った法医学者アニル。共に活動する考古学サラス。「水夫」と呼ばれる遺体が誰なのかを辿る旅、間に挟まれる内戦での虐殺の章、オンダーチェの美しい文章で綴られるタフな読書。サラスの師パリパナ、弟の医師ガミニ、彫師アーナンダ、登場人物の過去は国の歴史と重なる。最終章に向かい加速度的に起きる出来事を受け止めきれず心が追いつかない。国を離れた者の、留まる者の苦しみ。これは過去の物語ではなく今も幾つもの国で起きているという現実。2024/09/29
たま
25
80~90年代のスリランカ内戦が背景で、国際機関から派遣された法医学者のアニルが考古学者のサラスと遺体を検分する。幾つかのイメージ(夜の遺跡、森の中の廃墟の僧院、人の住まない古い屋敷など)は素晴らしく美しいのだが、内乱下に2人だけで各地を移動する展開やアニルの人物設定が不自然に思え、彼女の滞米中のバカ騒ぎの回想も意味不明で頭をひねりながら読んだ。最後の仏像開眼場面での「自然史を織りなす風景」(ここの描写は素晴らしい)は内乱だの国際社会の介入だのを越えて続くスリランカの山河への信仰表明なのだろうか。2021/01/20