内容説明
一行も文章を書かなかったソクラテス、19歳ですべての著書を書き上げ、最後の日まで沈黙し続けたランボー、めくるめくような4冊の本を書き、その後36年間私生活の片鱗をも隠し続けたサリンジャー、ピンチョン、セルバンテス、ヴィトゲンシュタイン、ブローティガン、カフカ、メルヴィル、ホーソン、ショーペンハウアー、ヴァレリー、ドゥルーズ、ゲーテ…。共通する「バートルビー症候群」を解き明かし、発見する、書くことの秘密。書けない症候群に陥った作家たちの謎の時間を探り、書くことの秘密を見い出す―異色世界文学史小説。フランスの「外国最優秀作品賞」受賞作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
87
佐藤友哉氏は、『1000の小説とバックベアード』で小説の在り方を問うと同時に小説への羨望と呪詛の果てに辿り着く「生きるために書き続けること」を決断した作家の姿を描いた。しかし、本書は優れた作品も描いた作家を中心に「生きるために書くことを止めた」作家の姿を自身のスランプも交えてブラックに描いている。沈黙の中では人は生きられず、言葉を介することで語り続けることで生き延びていく。しかし、一気に語った事で語る事が無くなってしまった者の真空は言葉という既定の事柄で埋める事(表現する)は最早、できないのかもしれない。2016/02/17
syaori
50
若い頃に小説を上梓して以来書けなくなった「わたし」による、書くことを放棄した作家についてのメモ。ルルフォやランボーなどから知らない作家まで、彼らの様々な沈黙の理由が、彼や作家を目指しながらも書けないマリーア、完結できない詩をファイルするピネーダの思い出と絡めて語られて興味深いです。ただ、それで彼は再び書き始めるのかなと読み進めていたら、淡々と終わって肩透かしを食った気分に。もちろん「見えないからといってテキストが存在しないわけではない」し、このメモで彼は書くことについて問い直していたのだとは思うのですが。2017/10/12
マリカ
47
自身をバートルビー症候群の作家(書かない、書けない作家)の末席と称する語り手による文学史上の有名無名のバートルビーたちの「沈黙」エピソード集。語り手によってバートルビー認定された作家は、小説を1つも書いていない人から、途中で筆を折ったランボーやサリンジャー、多作なトルストイまで多岐に渡る。語り手は、「書くこと」を一度でも志した作家には必ずはある「沈黙」の側面を書き並べることで、自分が沈黙してきた、そしてこれからも沈黙する理由を見出だそうとしたのだろう。外国文学好きならかなり楽しめる一冊。2012/10/25
キムチ
45
標題と装丁に相違し、古今東西文学史・・私にしたら小説とは思えないけど。バートルビーという病がある自体初耳。回帰不能の狂気のために失書症に陥った?文学的日食となった?詩人・小説家の兆候は時には文学をも作りあげるのだ。序に当たる部分はクリアー出来たものの86の断片は3分の一ほど理解できただけ。20世紀末陥った文学的閉塞状況への献辞としてペンを取ったのだろうか。黒いユーモアを交えた口調は「書くという行為がいかなるものかはバートルビーの仲間たちに学び自らに虚心坦懐に問いかけなおさねばならぬと戒めて終わる。2017/03/04
らぱん
36
書けなくなった作家である男がバートルビー的な(≒書けなくなった/書かなくなった)有名無名の作家について断章として語っていく。衒学的で読書経験と博識に裏打ちされた男のシニカルな法螺話として充分に面白いのだが、男が饒舌に語るほど語られなかった言葉たちの存在が意識される。「真の文学的創造」と大言壮語する男自身がその虚しさに気づいており、バートルビー的な作家たちを語れば語るほど、バートルビー的虚無に呑まれていくことになる。作家にとって書くとはどういうことか。文学とは何か。生きるとは何か。かなりぶっ飛ばされた。2019/05/22