出版社内容情報
大使夫妻はなぜ軽井沢追分から姿を消したのか。12年ぶり、待望の新作長篇小説。2020年、翻訳者のケヴィンは軽井沢の小さな山荘から、人けのない隣家を見やっていた。親しい隣人だった元外交官夫妻は、前年から姿を消したままだった。能を舞い、嫋やかに着物を着こなす夫人・貴子。ケヴィンはその数奇な半生を、日本語で書き残そうと決意する。失われた「日本」への切ない思慕が溢れる新作長篇。
内容説明
いまや世界から忘れられつつある島国の片隅で、二つの孤独な魂が、月の光に照らされていた―。故国を離れ、日本語を自在に操るアメリカ人を語り手に、日米の二つの家族にまつわる秘められた記憶と、戦前からおよそ100年にわたる日本と日本人の変容を描きだす。
著者等紹介
水村美苗[ミズムラミナエ]
東京生まれ。12歳で渡米。イェール大学仏文科卒業、同大学院博士課程を修了。いったん帰国ののち、プリンストン、ミシガン、スタンフォード大学で日本近代文学を教える。1990年『續明暗』で芸術選奨新人賞を、1995年『私小説from left to right』で野間文芸新人賞を、2002年『本格小説』で読売文学賞を、2008年『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』で小林秀雄賞を、2012年『母の遺産 新聞小説』で大佛次郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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どんぐり
82
軽井沢の避暑地で過ごすケヴィンの「失われた日本を求めて」と日系ブラジル人貴子の「日本ごっこ」下巻。カズオ・イシグロの『遠い山なみの光』を読んでいるような読後感(面白くない)。「ぶゑのすあいれす丸」の移民物語が読みたかった、のであるよ。2025/02/04
とよぽん
78
上巻の続きが気になって、予約の順番が巡ってきた日から引き込まれた。貴子の謎が次第に明かされ、日本から「移民」となってブラジルに渡った人々の苦難の歩みが下巻のメインとなる。人種差別、男女差別、国家、貧富、様々な世間の壁や荒波が次から次へと描かれる。そしてケヴィンは貴子の数奇な半生を書き残そうとするが・・・。水村美苗作品を初めて読んだが、この壮大な物語世界に圧倒された。映画化されたら、ぜひ見たい。過去作品も読んでみたいと思う。2025/02/19
天の川
54
ミステリアスな存在だった大使とその妻が語り始める下巻。貴子が地球の裏側で棄民として辛酸を舐めながらも祖国に恋焦がれた人々の祈りを一身に背負っていたことがわかり、貴子=失われた日本の具現であることが腑に落ちた。ケヴィンが彼女に惹かれていった(あくまでも恋情ではない)のも必定。日本は貴子を形づくった人々の祖国であり、貴子の祖国ではなかったのだ。人々の姿が痛々しく哀しい。コロナ禍も夫妻を翻弄する。貴子のことを綴るケヴィンも又、崇拝していた亡兄について見つめ直す。多くの要素を結びつけての構成は見事だと思った。2025/05/09
NAO
51
上巻の古風な貴子の振る舞いと明らかになった出自とはあまりにもギャップがあって驚かされるが、切り離された世界にいたからこそ貴子は純粋培養されたのかもしれない。異国の孤独の中でひたすら日本を思い続けた人々。彼らの思いを一身に受けて育った貴子にとって、日本は思っていたとおりの国だったのだろうか。上巻の幽玄を感じさせるような雰囲気は、下巻のとんでもなくシビアなブラジル移民の世界を際立たせる。こういったことが日本ではほとんど語られることもないとは、いったいどういうことなのだろう。2025/06/21
ケイティ
40
ブラジル移民政策に煽られた日系ブラジル人たちの歴史を背景に、妻・貴子の生い立ちを辿る下巻。勝ち組負け組の争いに巻き込まれた父は、貴子を知り合いの書店に託す。利発でどこか浮世離れした気高さのある貴子は、北條夫人という謎の女性に見そめられ、勉学と能を教え込まれる。狭い世界ながらも、育ての夫婦と北條夫人、そして夫となる篠田との関係はどれも濃密で厚みがある。それぞれの生き様や心の機微を緻密に描く文章が素晴らしい。海外生活と母国の狭間で翻弄され、揺れ続ける苦悩。水村さんだからこそ書けた壮大なドラマ。とても良かった。2025/07/21