内容説明
60を過ぎた老批評家ケペシュに美しい乳房を持つ若い愛人ができた。美しい体への執着は、せまりくる老いと生への渇望を想起させ、初めての嫉妬にとらわれる。そして大きな喪失感に苛まれた別れから8年、ふたたび彼の前に現れたとき…。「死にゆく獣」としての男の生と性への執着を赤裸々に描くフィリップ・ロス円熟の代表作。
著者等紹介
ロス,フィリップ[ロス,フィリップ][Roth,Philip]
1933年、ニュージャージー州ニューアークで生まれる。父はユダヤ人。1959年、処女作品集『さよならコロンバス』が刊行され、翌年、26歳の若さで全米図書賞を受賞、圧倒的な賛辞につつまれる。その後も一作ごとに新たな作風に挑み、ユダヤ社会を阻害する者に対する反逆、挑戦をテーマにアメリカ社会の繁栄の影に潜む腐敗を見つめている。また鋭い批評精神と博識に支えられた豊かな想像力によって現代文学の先端を行く重要な作品を次々と発表している現代アメリカ文学の重鎮である
上岡伸雄[カミオカノブオ]
1958年東京生まれ。東京大学大学院英文科修士課程修了。明治大学文学部教授。20世紀アメリカ文学専攻
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感想・レビュー
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新地学@児童書病発動中
116
主人公がとんでもない男で、露骨な性描写が出てくるので読者を選ぶ小説だと思う。それでも結末まで読むと、ロスの本当に描きたかったことが伝わって、厳粛な気持ちになる。主人公は60歳を超えた批評家で若い女性の誘惑に成功し有頂天になるが、若さに対する嫉妬に悩まされるようになる。さらに主人公の失敗した結婚生活が赤裸々に語られて、荒廃したアメリカの社会のあり方が伝わってくる。この小説の主題は性と死で、結末で死が読み手にも大きくのしかかってくる。かっての若い愛人に対して主人公が見せる優しさが心に沁みた。2017/11/19
こばまり
49
老いらくの恋の悪あがきかと鼻鳴らしつつ読み始めたが、それだけではなかった。主人公の親友ジョージに纏わるエピソードが私を捉えて離さない。2017/11/30
わっぱっぱ
33
生きるとは死にゆくことに他ならない。老教授ケペシュが独白する性の欲望、時代との違和、喪失への恐怖、嫉妬、執着、焦燥は、口調こそ理性的だけれどあまりにも赤裸々で切実で、心を揺さぶられてしまった。彼の懊悩は愚でも醜悪でもない。むしろ一般的理想的幸福観こそが実相から逃れようとする空虚な足掻きに思えたのだった。若く美しいコンスエラがその完璧な肉体を失うことで、彼が別な欲望の充足を見いだすというのは余りにも悲しい結末だ。愛を何らかの協力体制として応える人よ、聴いて下さいこの悲歌(エレジー)。ところでこ⇒続2017/12/10
内島菫
23
欧米の文学の型のひとつとして見られる、訳知り顔の語り手が文化や他者や自分を片づけながら述べていくような口調。そうした彼の視点や発想には、自身でも認めていたが特に過去にも未来にも風穴を開けるようなものはない。語り手も含めて肉体的・社会的・知的にそれなりに「ゴージャス」な部分を持つ登場人物たちには、「人生」という外側の枠に自身をゆだねてしまうような「なにもなさ」を感じる。2018/12/22
かんやん
19
性こそが生きがいと、妻子を捨てて、自由奔放に生きてきた文化人が年老いて、なおかつ若い娘に執念を抱く、その愚かしさ、惨めさ、醜悪さ。しかし、図太く、ふてぶてしくもある。弁明と自己正当化と市民的なモラルの偽善性への痛罵。「眠れる美女」や「瘋癲老人日記」の文学的かつ変態的なフェティシズムとはまるで異質な、直截な欲望。老境の悟り、諦め、完成、風格なんかとまるで無縁なままに、死にたくない、死にたくないと悪足掻きしているようだ。まさに死にゆく獣。こんなアクの強い作品はちょっとない。眉をひそめるか、それとも舌を巻くか。2017/02/12