講談社選書メチエ<br> ミシェル・フーコーと狂気のゆくえ―我狂う、ゆえに我あり

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講談社選書メチエ
ミシェル・フーコーと狂気のゆくえ―我狂う、ゆえに我あり

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  • サイズ 46判/ページ数 280p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784065415818
  • NDC分類 493.7
  • Cコード C0310

出版社内容情報

20世紀後半を代表する思想家ミシェル・フーコー(1926-84年)が残した膨大な仕事の中で、最初の大きな山が「狂気」と「精神医学」を焦点とするものだった。1961年に34歳のフーコーが世に問うた『非理性と狂気』は、のちに『狂気の歴史』と改題されて今日まで読み継がれ、『言葉と物』や『知の考古学』と並ぶ代表作の一つとなっている。ところが、「狂気」というテーマは、その後の著作活動の中で背景に退いていき、フーコー自身、かつての狂気研究の価値を小さく見積もる発言さえ残している。
このことは何を意味しているのか? 「狂気」の問題はフーコーの関心の外に追いやられたのか、それとも、どこかに姿を隠しただけなのか。本書は、迷子のようになった「狂気」という問題の行方を探ることを目的としている。
 そもそも「狂気(folie)」という言葉は、病気としての精神疾患を一義的に指すわけではなく、多様な意味をもつ。にもかかわらず、多くの研究者はフーコーの言う「狂気」を精神疾患と同一視し、その著書を批判的立場からの精神医学史とみなしてきた。本書は、その前提を疑うところから出発し、以下のように展開する。
 『狂気の歴史』執筆の背景とアウトラインおよび方法、出版後の社会的反響、特に反精神医学運動による聖典化。フーコーを反精神医学の代表的論客とみなす定説の批判的検証。この定説の一つの根拠となった「精神病者を鎖から解放した大博愛家フィリップ・ピネル」という神話のフーコーによる破壊の内実。中期フーコーが権力を中心課題に据える中での狂気の位置づけの変化。夢と狂気に関するデカルトのテクストのフーコーによる解釈とそれにまつわるジャック・デリダとの論争。芸能、文学、造形作品に表現された文化的表象としての狂気とそのフーコーによる理解。レーモン・ルーセルという特異な作家の作品との出会いがフーコーにもたらした衝撃。
本書は、長年にわたる臨床経験に立脚しながらフーコーにおける「狂気」の問題を徹底的に追求する稀有な試みであり、その根底には「人が狂うことにはどのような意味があるか」という根本的な問いがある。

[本書の内容]
第1章 初期フーコーと狂気の問題
第2章 反精神医学の神殿へ
第3章 フーコーはピネル神話を破壊したか
第4章 精神医学権力――コレージュ・ド・フランス講義
第5章 愚かさと狂気――『阿呆船』と『痴愚神礼讃』
第6章 フーコーはデカルトをどのように読まなかったか
第7章 想像力の世界と狂気
第8章 ルーセルの衝撃
第9章 ソクラテスとフーコー


【目次】

第1章 初期フーコーと狂気の問題
『狂気の歴史』を読む/『狂気の歴史』が書かれるまで/サン=タンヌ病院の経験/図書館の鬼フーコー/歴史の重ね書き/フーコーのスタイル
第2章 反精神医学の神殿へ
売れ行き芳しからず/反精神医学運動のうねり/反精神医学とフーコーの距離/〈反-反精神医学〉と炎上するフーコー
第3章 フーコーはピネル神話を破壊したか
ピネル/鎖からの解放/ピュサン/フーコーのピネル批判
第4章 精神医学権力――コレージュ・ド・フランス講義
講義の背景/新たな研究方向(第一回講義)/規範的権力とは(第二~三回講義)/権力装置としての精神病者保護院(第四~五回講義)/真理への問い(第六~七回講義)/保護院空間と真理(第八~一〇回講義)/出来事と真理(第一一回講義)/講義が残した課題
第5章 愚かさと狂気――『阿呆船』と『痴愚神礼讃』
阿呆船は〈狂人輸送船〉か/エラスムス『痴愚神礼讃』/狂気の経験の大分割線
第6章 フーコーはデカルトをどのように読まなかったか
デカルト『省察』における夢と狂気/デカルトの〈三つの夢〉/フーコーの狂気論とデカルト/デリダとフーコーの空中戦
第7章 想像力の世界と狂気
芸能と狂気/ミュンスターリンゲンの愚者祭/芸能者と狂人/〈狂〉と〈美〉の世界
第8章 ルーセルの衝撃
レーモン・ルーセルとの出会い/創作者ルーセル/病めるルーセル/医師ジャネと患者ルーセル/フーコーとルーセル/秘密の棲み家
第9章 ソクラテスとフーコー
エロースと狂気/ソクラテスとエロース/魂-美-欲望/哲学者はいかに死ぬべきか/異邦人として

内容説明

二〇世紀を代表する思想家ミシェル・フーコー(一九二六‐八四年)がその経歴の最初期に焦点をあてたのは「狂気」と「精神医学」であり、三四歳で世に問うた『狂気と非理性』は、のちに『狂気の歴史』と改題されて今日まで読み継がれ、『言葉と物』や『監獄の誕生』と並ぶ代表作となっている。ところが、「狂気」というテーマは、その後、後景に退いていき、フーコー自身が、かつての狂気研究の価値を小さく見積もる発言を残している。このことは何を意味しているのか―精神医学の大家が、長年にわたる臨床経験に立脚しながら巨大な謎に挑む。

目次

第1章 初期フーコーと狂気の問題
第2章 反精神医学の神殿へ
第3章 フーコーはピネル神話を破壊したか
第4章 精神医学権力―コレージュ・ド・フランス講義
第5章 愚かさと狂気―『阿呆船』と『痴愚神礼讃』
第6章 フーコーはデカルトをどのように読まなかったか
第7章 想像力の世界と狂気
第8章 ルーセルの衝撃
第9章 ソクラテスとフーコー
終章 我狂う、ゆえに我あり

著者等紹介

中谷陽二[ナカタニヨウジ]
1947年、東京都生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。医学博士。筑波大学教授を経て、筑波大学名誉教授。専門は、精神病理学・司法精神医学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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遊動する旧石器人

2
2025年12月9日第1刷発行。ミシェル・フーコーが初期代表作である『狂気の歴史』以後、次第に狂気を前面化したテーマを扱わなくなっていく過程を考察した1冊。ミシェル・フーコーは、狂気の自覚があったと思われ、その関心が自己の中ではなく、狂気の人達がどのような社会構造に扱われているのかという外の方に広がっていった形。想像に過ぎないが、自己にもフィードバックされるものがあったと思う。現代社会のように、異なる者を新規設定しながら蔑視していく世界では、自分はちゃんとしてるとする錯視者が行使していく権力構造にある。2026/01/31

疎外者さん

0
これほどフーコーの人物像や背景を垣間見させてくれる入門書があっただろうか。前期の『狂気の歴史』をメインに据えつつ後期フーコーまでを架橋する書となっており、フーコーの原体験やデリダとの関係性、誤解され苦悩する研究生活など、自伝から汲み取った情報も盛り込まれている。ただフーコーの人物像について知れるだけでなく、著者も精神科医として働いてきた経験から、リアリティのある理論面の解説も必読である。2026/01/07

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