講談社選書メチエ<br> 享徳の乱―中世東国の「三十年戦争」

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講談社選書メチエ
享徳の乱―中世東国の「三十年戦争」

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  • サイズ 46判/ページ数 221p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784062586641
  • NDC分類 213
  • Cコード C0321

内容説明

列島大乱の震源地は関東だった!古河公方と関東管領上杉氏の怨念の対立、将軍足利義政の介入。生き残りをはかる在地武士の絶えざる離合集散と守護との軋轢は、やがて京へと飛び火して「応仁・文明の乱」を誘発した。利根川を境とした仁義なき抗争が地域の再編をうながし、渦を巻く利害と欲望が「戦国」の扉を開く!

目次

はじめに 教科書に載ってはいるけれど…
第1章 管領誅殺(「兄」の国、「弟」の国;永享の乱と鎌倉府の再興 ほか)
第2章 利根川を境に(幕府、成氏討滅を決定;五十子陣と堀越公方 ほか)
第3章 応仁・文明の乱と関東(内乱、畿内に飛び火する;「戦国領主」の胎動 ほか)
第4章 都鄙合体(行き詰まる戦局;長尾景春の反乱と太田道潅 ほか)
むすびに 「戦国」の展開、地域の再編

著者紹介

峰岸純夫[ミネギシスミオ]
1932年、群馬県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。横浜市立港高等学校教諭、慶應義塾志木高等学校教諭を経て、宇都宮大学教育学部専任講師、同助教授、東京都立大学人文学部助教授、同教授、中央大学文学部教授を歴任。文学博士。専攻は日本中世史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出版社内容情報

 日本列島での戦国時代の開幕は、一般的には応仁元年(1467)に始まる「応仁・文明の乱」が画期とされることが多い。この戦乱で京は焼け野原となり、下剋上があたりまえの新しい時代が訪れたというわけである。
 最近でも、呉座勇一氏のベストセラー『応仁の乱』(中公新書)のサブタイトルは「戦国時代を生んだ大乱」となっている。新書などのタイトルは概して出版社や編集者の意向をうけて決まることが多いから、やはりこれは最大公約数的な見かたといっていいのだろう。
 さて、のっけから恐縮だが、その見かたは、まちがっているとまでは言わないまでも大きな問題がある。
 私の説は思いきって簡単にいうとこうなる。

 ◎戦国時代は応仁の乱より13年早く、関東から始まった
 ◎応仁の乱は「関東の大乱」が波及して起きたものである

「関東の大乱」というのは享徳3年(1454)12月、鎌倉(古河)公方の足利成氏が補佐役である関東管領の上杉憲忠を自邸に招いて誅殺した事件を発端として内乱が発生し、以後30年近くにわたって東国が混乱をきわめた事態を指す。
 この内乱は、単に関東における古河公方と上杉方の対立ではなく、その本質は上杉氏を支える京の幕府=足利義政政権が古河公方打倒に乗り出した「東西戦争」である。しかし、これほどの大乱なのに1960年代初頭までまともな名称が与えられておらず、「15世紀後半の関東の内乱」などと呼ばれていた。
 (中略)
 関東で起こったこの戦乱は、戦国時代の開幕として位置づけるべきではないか、そのためには新しい名称・用語が必要ではないか。こう考えた私は「享徳の乱」と称すべきことを提唱した。1963(昭和38)年のことである。この歴史用語は、その後しだいに学界で認められて、今日では高校の歴史教科書にも採用されるようになっている。
 しかし、いまだに「戦国時代の開始=応仁・文明の乱」という「国民的常識」は、根強く残っている。それを正すためにも、「享徳の乱」をメインタイトルとした書を世に問いたかったのである。本書は私の年来の宿願である。
(「はじめに」および「あとがき」より抜粋要約)