内容説明
昭和はじめの浅草を舞台にした川端康成の都市小説。不良集団「浅草紅団」の女首領・弓子に案内されつつ、“私”は浅草の路地に生きる人々の歓び哀感を探訪する。カジノ・フォウリイの出し物と踊子達。浮浪者と娼婦。関東大震災以降の変貌する都会風俗と、昭和恐慌の影さす終末的な不安と喧騒の世情をルポルタージュ風に描出した昭和モダニズム文学の名篇。続篇「浅草祭」併録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
佐島楓
66
再読。川端の作品の中で、一番謎といっていい作品だったので、今回読み直してみた。とても複雑な構造を持つ小説なのだということが理解できた。著者の視点が対象に接近したり離れたりする。浅草という土地の特異性、関東大震災の記憶なども、後世に遺すことを意識して書いているとしか思えない。川端の当時30歳前後という若さにしては溌剌としたものは感じないし、やはり読めば読むほどわからない作家だという思いが強くなる。もちろん惹きつけられるものはあるけれど、自分でもそれが何なのか言語化しづらい。2022/05/07
佐島楓
59
自分の知っている浅草ではないような、猥雑さと貧困がもたらす哀しい商売の数々。未知の川端康成の世界。ちょっと衝撃を受けるくらいに。2016/10/07
たぬ
27
☆3.5 スカッとした下品さと人情味があってたくましくて気さくで…特にストーリーがあるでもない雰囲気もの。言うなれば浅草の取説。関東大震災の記憶もまだ鮮明な1930年の浅草は活気に満ちている。それから5年後くらいの「浅草祭」はトーンが落ち着いてる。浅草が江戸なんかよりもずっとずっと古い町だったとはね。2022/09/25
みつ
24
北村薫の『鷺と雪』に「浅草紅団」が登場したので手に取る。続編の『浅草祭』ともども、作者が多くの登場人物の話を聴く形で進む。路地奥の家で舞台の踊り服を着てピアノを叩く、断髪の紅団のリーダー弓子の登場は鮮やかであるが、男装も得意で目まぐるしく雰囲気を変えるこの不良少女が後景に退くと、街の猥雑さから活気は失せ、どこか虚しい娼婦の街になってしまう。5年後の『浅草祭』では、その印象がさらに顕著。なお、回想部分では『伊豆の踊り子』の旅行よりも前、作者10代の浅草通いも語られて、そちらの主人公の印象も変わってしまう。2022/02/25
loanmeadime
19
文豪が書ききれなかった小説の感想をどうして私が限りある字数で書けるのだろう。増田みず子さんの解説に浅草を舞台にした小説ではなく、浅草の町そのものを小説化しようとした、とあります。事物の列挙だけで世界が浮かび上がるような街の、それも震災から大恐慌の時代にあおられながら、日々変化していく少年少女たち、それは物語の流れに乗せるのは大変な作業だろうと想像します。東部線牛田駅から一本で浅草に出られる千住関屋町生まれの増田さんの解説で、未完から未完へ続く本の整理がつきました。2025/12/20
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