内容説明
金沢の町の路次にさりげなく家を構えて心赴くままに滞在する、内山という中年の男。名酒に酔い、九谷焼を見、程よい会話の興趣に、精神自由自在となる“至福の時間”の体験を深まりゆく独特の文体で描出した名篇『金沢』。灘の利き酒の名人に誘われて出た酒宴の人々の姿が、四十石、七十石入り大酒タンクに変わる自由奔放なる想像力溢れる傑作『酒宴』を併録。
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京都と医療と人権の本棚
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
zirou1984
43
すごい。骨董屋に誘われるままあちこちの邸宅や料理屋を訪れる長編「金沢」も、銀座裏の店で意気投合した酒造会社の技師と灘まで足を運んで呑み始める「酒宴」も見事なまでの酔態文学。特に前者は文章としての論理性は確保しながら息の長い文体のリズムによって酔っ払いにありがちな脈絡のない観念論を繰り広げながらそれがまた独自の幻想文学へと接続しているという離れ業を実現しているこんな風な文体で。後者は己の限界を超えてまで呑み続けた先にある荒唐無稽な世界を描いた徹頭徹尾な泥酔賛歌。つまり、あれだ。万国の読書家諸君よ、酩酊せよ!2016/08/07
新地学@児童書病発動中
42
傑作。吉田氏独特の息の長い文体で、金沢という街の中に幻想的な空間が現れる。波乱万丈のプロットとか感情移入できる登場人物とか、普通の小説では大切にされることが無視されていて、ひたすら蜃気楼のようなまぼろしの世界が描かれて、その中に浸りきるのはうっとりするような体験だった。山が人になったり、金沢から突然パリに行ったり、時間や空間や常識を超えたおおらかなユーモアも感じる。味気ない現実の世界をねじ伏せるために、吉田さんはこの小説を書いたのかもしれない。幻想文学の好きな方にはお勧めです。2012/09/03
けぴ
38
『ダヴィンチ』で酒にまつわる小説特集で紹介されていた一冊。「金沢」作者自身、東京在住ながら毎年のように金沢に通い詰めていたとのことで私小説的な印象。兼六園のような名所でなく金沢の日常を感じる街で酒を飲みながら過ごす様子が大きな事件もなく描かれる。「酒宴」銀座の一角で出会った灘の酒蔵の旦那と意気投合して飲む様子を記す短い短編。どちらも良き昭和を感じた。2024/06/13
長谷川透
30
傑作と言えば大袈裟かもしれないが凄い小説を読んだ。金沢の町を歩き周り、酒を酌み交わしながら対話するだけの小説。ただそれだけなのだが「それだけ」が凄い。言葉の選び方が一風変わっており、長いセンテンスも相まって不思議な文体を創り出し、登場人物たちの酒の酩酊が読者にまで伝播してくる。街並み、世帯風俗、気候・天気の移り変わりまで金沢の町の姿を見事に再現している文章は見事であるし、酒や食べ物も本当にうまそうだ(空腹のときに手にとってはいけない)。久しく金沢には行っていないが、ただ酒を飲みながら町を彷徨いたくなった。2012/08/09
ハチアカデミー
26
A 驚愕の読書体験。金沢という土地を舞台としながら、酒に酩酊し、時間も空間も越えた対話を6編所収。もはや誰と話をしているのかは問題ではない。現(うつつ)にありながら幻想の世界に入り込み、性別も年齢もバラバラで、よくわからない人物と語り明かす。言語による芸術としての小説を堪能できる。自然の擬人化とか、メタファーとかではなく、目の前の空間と風景といまという時を、己がどのように見つめるのかしか描かれていない。で、どんな対話をしていたのかって? それがほとんど覚えていないんです。読むことの快楽、ここに極めり。2012/07/26