角川文庫<br> 記者たちは海に向かった―津波と放射能と福島民友新聞

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角川文庫
記者たちは海に向かった―津波と放射能と福島民友新聞

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  • サイズ 文庫判/ページ数 468p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784041049570
  • NDC分類 070.212
  • Cコード C0195

出版社内容情報

「震災を、福島を報じなくては――」2011年3月11日、一人の新聞記者が死んだ。福島民友新聞記者、熊田由貴生、享年24。福島県南相馬市で津波の最前線で取材をしていた熊田記者は、自分の命と引きかえに地元の人間の命を救った。その死は、仲間に衝撃を与えた。それは、ほかの記者たちも同じように津波を撮るべく海に向かい、そして、生命の危機に陥っていたからである。なかには目の前で津波に呑まれる人を救うことができなかった記者もいた。熊田記者の「死」は、生き残った記者たちに哀しみと傷痕を残した。取材の最前線でなぜ記者は、死んだのか。そして、その死は、なぜ仲間たちに負い目とトラウマを残したのか。非常用発電機のトラブルで新聞が発行できない崖っ淵に立たされ、さらには放射能汚染で支局も販売店も避難を余儀なくされた福島民友新聞を舞台に繰り広げられた新聞人たちの壮絶な闘い。「命」とは何か、「新聞」とは何か、を問う魂が震えるノンフィクション――。

門田 隆将[カドタ リュウショウ]
1958年(昭和33年)、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ノンフィクション作家として、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなど幅広い分野で活躍。『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。主な著書に『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』(新潮文庫)、『太平洋戦争 最後の証言』(第一部?第三部・角川文庫)、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)、『記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店)など。

内容説明

2011年3月11日、一人の新聞記者が死んだ。福島民友新聞記者、熊田由貴生、享年24。大津波の最前線で取材していた若き地元紙記者は、なぜ死んだのか。そして、その死は、なぜ仲間たちに負い目とトラウマを残したのか。記者を喪っただけでなく、新聞発行そのものの危機に陥った「福島民友新聞」を舞台に繰り広げられた壮絶な闘い。「命」とは何か、「新聞」とは何か、を問う魂が震えるノンフィクション―。

目次

激震
助けられなかった命
救われた命
目の上の津波
堤防を乗り越える津波
機能を失った本社
救世主
本社はどうした?
「民友の記事を」
「民友をつぶす気ですか」
放射能の恐怖
配達された新聞
地獄絵図
思い出
それぞれの十字架
遺体発見
傷痕

著者等紹介

門田隆将[カドタリュウショウ]
1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。戦争、事件、司法、スポーツ等、幅広いジャンルでノンフィクションを執筆。『この命、義に捧ぐ台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で山本七平賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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yoshida

155
あの震災から6年が過ぎた。私は震災の日は会津地方の支社に勤務し被害は皆無だった。帰宅しテレビで震災の状況を知り驚愕した。原発の状況が予断を許さない夜半に、普段は鳴らない自宅の固定電話が鳴った。本社から支社で待機せよとの指示だった。原発事故は止まらず、世界の終わりを感じた。夏になり私は福島市に異動する。近くには崩れかけた建物が多い。出張で浜通りに行き、津波の話しを聴くと信じられなかった。私は真の意味での震災の被害に遭っていない。しかし原発事故が収束していないと確信をもって言える。未来を信じて生きてゆくのだ。2017/03/12

キンモクセイ

52
1枚の写真がある。富岡町「観陽亭」の庭で撮られたものだ。後ろには一面に広がる美しく輝く蒼い海。あの津波により跡形も無く消えてしまうろうそく岩も写っている。わずか2日後には命を落としてしまった者と助かったり者の運命はもうこの時点で決まっていたのだろうか?経験したことのない揺れ。海岸近くにいた記者はバキバキと音がしたと思ったら前方から津波が見える。思わずカメラを手にするが助けられた命を見捨てることに。震える手はシャッターを押せなかった。恐怖と対面しても新聞の事を考えるのだ。彼らはヒーローじゃないが戦士だと思う2020/03/10

ころこ

42
ジャーナリズムは社会の観察者だ。ジャーナリズムが対象となるときは、決まってジャーナリズム批判となり、往々にして政治性を帯びる。ところが本書ではジャーナリズムがフラットな視点において対象となる稀有な事象が描かれている。文庫の解説は津田大介だ。著者と津田では今や右派と左派の対極にいるため、公で会話を交わすことさえできないだろう。文庫化の時点ではそこまで対立は激化していなかったし、危機においてジャーナリストの身体が意識されることを考察するのに右派も左派もない。観察者が否応なく当事者になったとき、津波に飲み込まれ2024/09/09

kana

39
あれからもう10年。これが本当にあったことだと思うことが怖くて目を逸らしていた現実にやっと向き合ってみる。その私の軟弱さ一点をとってみても、今この瞬間の現実をなんとか記録して届けたいという一心で過酷な現場に向かう記者の方々は尊い、と思いました。震災の時、被災地ど真ん中にあった福島民友の人々は何を考えどう行動したのか、一人の記者の死がどんな意味を持ったのか、緻密な取材に基づきつつ、細かな事実に加え、当時の個々の感情まで掬い上げる文章が巧みで、数ページ読むたびに、考えさせられて、読みやすいのに一気に読めない。2021/04/04

AICHAN

39
図書館本。2011年3月11日。東日本大震災とそれに伴う大津波被害と福島第一原発事故が起こったその日から、福島民友新聞の記者たちが取った行動を詳細に記録したノンフィクション。ある記者は津波の写真を撮るため海岸線近くまでクルマで行き、襲ってきた津波からかろうじて逃れた。しかしそのとき、津波に呑まれる老人と小さな子供を目撃した。「カメラなんて構えてないで助けていたら彼らは助かったはず」と後に苦しむ。ある記者は津波に呑まれて命を落とした。しかし彼らは執念で新聞を発行し続けた。記者魂の栄光と記者たちの懺悔。2018/02/09

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