出版社内容情報
アフリカから連れてこられた黒人女性たちは,いかにして狂気に満ちたアメリカ社会を生き延びてきたのか.
藤本 和子[フジモト カズコ]
著・文・その他
内容説明
アフリカから連れてこられた黒人女性たちは、いかにして狂気に満ちたアメリカ社会を生き延びてきたのか。一九六〇年代の公民権運動・ブラックパワーの高まりと挫折を乗り越えた一九八〇年代に、多くの黒人女性と著者が語り合った記録。母から娘へ、生き延びるために受け継がれてきた一人一人の思い・体験が、美しい日本語でつづられる。
目次
生きのびることの意味―はじめに
接続点
八百六十九のいのちのはじまり
死のかたわらに
塩食い共同体
ヴァージア
草の根から
著者等紹介
藤本和子[フジモトカズコ]
1939年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1967年渡米、ニューヨークの日本領事館に勤務した後、イェール大学のドラマ・スクールで学ぶ。そこで、イェール大学の学生で滞日体験があったデイヴィッド・グッドマンと知り合い結婚。リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』の翻訳が絶賛され、ブローティガン作品の多くを翻訳した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
どんぐり
91
ブローティガンの翻訳者として知られる著者の北米の黒人女性からの聞き書き集第一弾。初出が1982年で、2018年に復刊されている。抑圧と偏見を取り除けば残るのは黒い皮膚だけという負の遺産を受け継ぎ、アメリカ社会を生き延びた黒人女性たちの語りは、今読んでも全く古さを感じさせない。インタビューに基づく記録文学といってもよいだろう。トニ・モリスンの作品を読んできた者にとって、これは読むべきものとしてたどり着いた。→2021/02/04
nobi
64
インタビューに応じた6人の黒人女性は誰もが逞しくアフリカ音楽のようにリズミカルに言葉が飛び出してくる人が多い。そして誰もが人生に肯定的な、自然との、人と人との繋がりを感じる言葉を発する。「あたしが誰なのかを探しに」「自然というものの成り行きに従えば」「生きるってすばらしい」「物への欲求ではなく、何かべつのこと」「黒人の場合は、たがいに理解し合い支え合おうとする」。「内面と宇宙的な法則とを接続すること」といった抽象的な表現も。そこから藤本氏は「個人が生きのびる力と集団がもつ力との接続点」などの特質を見出す。2024/04/16
yumiha
44
『ブルースだってただの唄』(藤本和子)と併せて読む。奴隷として大西洋を渡り労役させられた200年余を生き延びてきた黒人たちの姿が少し見えた気がする。ただのハッピーバースデイではない、生き延びてきたことを自ら確認する誕生日に驚かされる。生き延びてこられた要因のひとつは、血のつながりのない子どもであろうと、食べさせ世話をしてきた黒人共同体のお母さん、おばあちゃんの存在だと思った。白人社会も日本人社会もすでに失っている共同体としての暮らしは、「個」しかなくて、その矛盾や軋轢がさまざまな事件の背景にあるのかも…。2021/07/26
zirou1984
27
ブローディガンの翻訳者として有名な著者が70年代から80年代にかけてアメリカの黒人女性からの聞き書をまとめた本書を読んでいると、人間の尊厳や高潔さといったものについて思いを馳せずにはいられない。この世の低いところに押し込めながらも、階級、虐待、軽蔑といった抑圧の中でも決して自尊心を捨て去ることなく生き延びた人たちから拾い集めた言葉は著者の訳文によって親密さを持って届けられ、他者の言葉が内面でこだましていく。生き延びた者の言葉に耳を澄ますことの尊さを、弱さに寄り添う力をそっと与えてくれる一冊。2019/03/10
秋 眉雄
23
『黒人社会で生起することがらの半分も英語では描写しうたいあげることができない。現在でも黒人共同体の暮らしには言葉で描写できないことが、定義する言語がないことが多い。詩人でも表現しきれないようなこと。新しい言語が生み出される必要があるのよ』おそらく、訊かれなければ話すこともなかった、自分の胸のうちに仕舞い込んでいた話が多くを締めていたんじゃないでしょうか。それらを聞き出す意味の重要性と、その人物を非常に立体的に見せてくれる聞書という方法の面白さを感じました。2022/02/23