出版社内容情報
人倫の崩壊した時間のなかで,人は何ができるのか.南京事件を中国人知識人の視点から手記のかたちで語る,戦後文学の金字塔.(解説=辺見庸)
内容説明
殺、掠、姦―一九三七年、南京を占領した日本軍は暴虐のかぎりを尽した。破壊された家屋、横行する掠奪と凌辱、積み重なる屍体の山。この人倫の崩壊した時間のなかで人は何を考え、何をなすことができるのか。南京事件を中国人知識人の視点から手記のかたちで語り、歴史と人間存在の本質を問うた戦後文学の金字塔。
著者等紹介
堀田善衞[ホッタヨシエ]
1918‐1998年。富山県生まれ。作家、評論家。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。在学中から詩を発表し、詩人として出発。日中戦争末期に中国へ渡り、上海で敗戦を迎える。その後中国国民党中央宣伝部に徴用され、47年に帰国。翌年小説「波の下」を発表。52年「広場の孤独」「漢奸」その他により前年下半期芥川賞受賞。国際的に広い視野をもちながら作家活動をつづけた。『方丈記私記』(毎日出版文化賞)『ゴヤ』(大佛次郎賞)など著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
みねたか@
33
中国人の視点で描かれた南京大虐殺。長く読むのを躊躇していたが,流麗で格調高い文体と奥深い世界観をもつ骨太な作品だった。蛮行,凌辱の描写は控えめ。描かれるのは苛酷な体験が人の心身を苛む様,そして痛みに敢然と踏みとどまることで再生する人間存在の強靭さ。他方,少婦を輪姦した後の「用を済ませた獣と永遠に不満な人間との中間」の顔つきをした者など,自分自身との戦いを放棄した日本人兵士の姿との対照がやるせない。荒野と岩石という悠久の世界の中での人間の営みの時間。再読すれば味わいが増すことは必定。2020/05/12
yumiha
33
南京大虐殺を中国人インテリの視点から見た小説と知っていたので、読みたいけれど凄惨な場面はつらいなあ、となかなか足を踏み出せなかった。だが作者堀田善衛は、いかに日本軍がむごいことをしたのかを明らかにする意図で本書を書いたのではなく、生きることと死ぬことが日常的に迫りくるなかで、何を見てどう考えたかを探りかったのだと思った。印象的な場面がいくつかある。時間が凍結していると見た紫金山。5歳の息子の英武が「きれいだねぇ~」というもみじ。人の血と膏を宇宙へ立ち昇らせるような黒い鼎。幻視のように現れる白い馬。2018/12/18
A.T
23
1937年12月の「南京事件」を中国人の立場から描いたユニークな作品。「…大尉が1931年9月18日、柳条溝での鉄路爆破事件のことを話すのを聞く。驚くべきことに、彼はあの事件が日軍は自ら手を下して爆破したものであることを知らない…日本人以外の、全世界の人々が知っていることを、彼は知らない。してみれば、南京暴行事件をも、一般の日本人は知らないのかもしれない。闘わぬ限り、われわれは「真実」をすらも守れず、それを歴史家に告げることも出来なくなるのだ。」1952年当時堀田自身も驚くべき真実だったのかもしれない。2022/02/19
A.T
22
1945年3月の東京大空襲の翌日、門前仲町の富岡八幡宮境内があったとされる場所にて、臙脂色の輝く車から降り立った天皇と、そこへすがりつく庶民の姿を目撃(「方丈記私記」)し…その後程なくして中国上海へ向かった著者は南京へも訪れたらしい。「南京事件」の約8年後、まだ日本は降伏する前に現場を見て聞いてきたことを、その10年後1955年小説という形で残した著者の血の滲むような、否、血が逆流するような文がある。2020/04/18
やいっち
14
先の戦争での旧日本軍などによる中国などでの蛮行。大岡昇平の「野火」「俘虜記」そのほか、武田泰淳の諸著、大西巨人の「神聖喜劇」、そして堀田善衛の本書。読むべき本はいろいろ。過去を隠蔽し修正しようとする、日本の一部タカ派の暴論などに耳を傾けちゃいけない。2016/01/17