岩波現代文庫<br> 竹内好という問い〈上〉 (増補)

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岩波現代文庫
竹内好という問い〈上〉 (増補)

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  • サイズ 文庫判/ページ数 372p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784006004972
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C0195

出版社内容情報

「政治的正しさ」を引き換えにすることを恐れず、同時代史にかかわり続けることを自らに課した「行動する思想家」竹内好を論じて本書は大きな反響を呼んだ。その後20年を経て、卓越した研究者である著者の深化した洞察は「日本のアジア主義」「革命の論理と戦争の論理」などについて重要な問題を提起している。増補決定版。


【目次】

 竹内好を直視する
 まえがき

第一章 魯迅との出会い
 一 支那学者たちとの論争
 二 『魯迅』の誕生
 三 絶望へ、そして絶望から

第二章 文化――政治の視座
 一 竹内好の近代論――世界構造としての文学
 二 民族独立の「機能化」と文化――政治の存在様式

第三章 戦争と歴史
 一 歴史的瞬間における「誤った」選択
 二 非日常性の道徳実践――主体が歴史に分け入る渇望

第四章 絡み合う歴史と現在
 一 敗戦体験――戦争責任と文明観の模索
 二 安保運動――戦争体験の「現在進行形」
 三 「伝統」のパラドクス――内在的否定と再構築の政治性

 注

内容説明

中国出身の日本政治思想史研究者である著者が二〇〇五年に刊行した本書は、「政治的正しさ」を引き換えにすることを恐れず、同時代史にかかわり続けることを自らに課した、行動する思想家・竹内好を論じた骨太の思想書として、大きな反響を呼んだ。それから二〇年の時を経て、著者の深化した問題意識により大きな加筆修正がなされ、新たに三つの章と終章が追加された増補決定版が、二〇二三年に中国で刊行された。本書はその翻訳である。(全二冊)

目次

第一章 魯迅との出会い(支那学者たちとの論争;『魯迅』の誕生;絶望へ、そして絶望から)
第二章 文化―政治の視座(竹内好の近代論―世界構造としての文学;民族独立の「機能化」と文化―政治の存在様式)
第三章 戦争と歴史(歴史的瞬間における「誤った」選択;非日常性の道徳実践―主体が歴史に分け入る渇望)
第四章 絡み合う歴史と現在(敗戦体験―戦争責任と文明観の模索;安保運動―戦争体験の「現在進行形」;「伝統」のパラドクス―内在的否定と再構築の政治性)

著者等紹介

孫歌[ソンカ]
1955年、中国吉林省長春生まれ。中国社会科学院文学所研究員、北京第二外国語学院特聘教授。日本政治思想史

鈴木将久[スズキマサヒサ]
東京大学大学院人文社会系研究科教授

清水賢一郎[シミズケンイチロウ]
早稲田大学教育・総合科学学術院教授

佐藤賢[サトウケン]
東京都立大学人文科学研究科准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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km

1
⚫︎日本文化はただ日本文化自体を否定することによってのみ世界化され、どうじに、外国文化の問題は日本文化の問題に転化してはじめて意味をもつということである。⚫︎通常の意味に従えば、抵抗という言葉は方向性が外向きであり、それが主体内部の自己変革ないし自己否定を引き起こすことはまずあり得ない。そのため他者を排斥するという意味を含みがちである。これに対し、竹内においては、抵抗の方向性は内向きなのであって、あたかも「琤扎」という語が象徴しているように、それは自己に対する一種の否定性の固守と再構築なのである。2026/08/13

オオタコウイチロウ

0
おおむね同意。2章。が、⓪叙述が抽象的(=非具体的)にすぎ、実体把握として釈然としない点はある。たとえば伊藤の竹内に対する注釈(創作法内での検討の必要性を強調)を、竹内のいう機能性としての「文学」をたんなる「物」的な文学に矮小化させた結果だと解す点は、正しいは正しいが、①じつは竹内自身、伊藤に付き合えるだけの創作法上の問題に切り込む視点と論とを十分に備えていた点を逃している。②こうした非具体性が、低質な日本の国文学者の枠を自覚せぬ低質な反論を買う所以だから、そこを埋めて全体をひらく作業こそ待たれる。2026/08/13

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