内容説明
秀作「彼誰時」他「けものたち」の六篇は、飢餓の兵営、近代化に抗う肉屋、都市の暗渠、アパルトマンで人・獣が繰り広げる危険な物語。自伝的中篇「死者の時」は収容所で墓掘り労働しながら目撃したユダヤ人移送、戦争の真実を証言する。一九五三年ゴンクール賞受賞。
感想・レビュー
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harass
27
初期大江作品に影響を与えた作品集として記憶にあったが初めて手にとった。1955年出版時の単行本をそのまま文庫にしていて解説も同じものらしい。1997年に著者は亡くなったのだがそんな情報も載ってない。もう過去の作家であるのは確かだが、この詩情溢れる主観に満ちた文体とやるせないテーマは大江健三郎の初期短編のニュアンスがあり面白い。動物たちの表現と寓意に満ちた作品ばかりで全部が良いとは言えないが、表題作の『けものたち』と『死者の時』は別格だ。2014/06/23
藤月はな(灯れ松明の火)
19
薄皮一枚のような精神で呼吸をして話して戦っている人間たちよりも死体や屠殺されようとする動物たちの方が人間らしく思えるのはどうしてなのだろう。「現実」を自己と繋げることのない両者のありのままの現実である「私」を映す視線に人間に耐え切れないのだろうか。2012/10/10
壱萬弐仟縁
16
1953年初出。「馬」では、ペールの怠惰と過労の混淆。栄養不良。濁った空気の影響で健康蝕まれ、肉体的衰弱が精神に及ぼす影響を、身だしなみを放棄して大きくした(34頁)。何もかも嫌になったんだろうな。「死者の時」は、人間の地獄を平気でつくりだす動物的な人間を描いた(1955年、395頁)。人間の醜さ。2014/02/21
misui
7
動物テーマの中短篇集。人間と動物は並置され、その違いをくっきりと示しながらも、合わせ鏡のように同じ存在であることが見て取れる。日々の生活の中ではかろうじて動物になることを拒んでいる人間も、特異な状況下では動物の相貌を剥き出しにし、容易に境界を越えて生命と死の暗闇へと落ちる。わりと息が長く写実的な文章に幻想が匂うようなところが魅力。「ガストン」「猫」あたりの短いもののほうが良かったな。また、この人の短篇観が「手際のよさよりキラキラした異常性を」というもので好ましかった。2014/03/30
8123
6
前半の短編集『けものたち』では調教、訓練、駆除、解体など、一貫して動物への加害行為が描かれるが、獣たちの姿は虐待する人間側の境遇の投影であり、鏡像ですらあることがすぐに察せられる。だから、そこには奇妙な感情的なねじれがあって、気が狂ったように馬を殴り続けながら同時に馬の解放を願っていたりするのだ。後半の『死者の時』でその対象がユダヤ人に置き換わることでその切実さは究極にたかまる。2023/04/06