出版社内容情報
長官令嬢に恋してしまった小心な小役人の「おれ」.ままならぬ現実との葛藤に思いはつのって苦悶は増すばかり,ついに理性は混迷の底にしずみ空想は妄想,妄想は幻覚へと化してゆく…….日記に次々と吐き出される主人公の滑稽かつ悲痛きわまりない饒舌の中に人間の悲劇がうかびあがる.併収は『ネフスキイ大通り』と『肖像画』.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
新地学@児童書病発動中
116
突拍子もないユーモアと人間性への深い洞察。3篇とも私の好みだった。有名な表題作は、美しい女性に恋するようになったロシアの下級役人の妄想がエスカレートする物語。犬と手紙のやり取りをしたり、スペインの王様になったりする。かなり笑えた。このような妄想の虜になる危険性は、誰もが持っているのかもしれない。「肖像画」は、ある画家が描いた高利貸しの絵をテーマにした物語。その絵は見る人を破滅に追い込むのだ。ホラー的な物語に、芸術論を結合させたユニークな内容が気に入った。芸術に対するゴーゴリの真摯な思いが伝わってくる。2017/03/11
Willie the Wildcat
75
『ネフスキイ大通り』が問いかける不思議と欺瞞の世界。階級社会における”各層”が持つ特権意識。画家と中尉の差異が描写する解。過程の救いの求め方と、過程を踏まえた結果。是非の問題ではない。『狂人日記』も同様に、階級社会に翻弄される主人公。犬のラブレターに、西班牙の王位継承者?!辿りつく母。幻想にもぶれず、心の平静見出す光は”母”。至極自然、かつ当然の帰結。悪魔に売り渡した心が『肖像画』。階級社会の行き着く先の物質主義という感。描かれた目が心を射貫く。差異は実践力。魂の呼びかけに応えられるのか。故の因果応報也。2019/04/11
ビイーン
44
「狂人日記」はハチャメチャぶりが面白い。主人公は完全に精神分裂して、犬が人間みたいに話したりとか、自分がスペインの王様だとか、前後の脈絡なく饒舌に喋りまくる。「肖像画」は発表時から酷評だったというが、収録作品の中では一番面白いと思う。確かにキリスト教的な倫理観のつよいものがあり、思想的に進歩派ではないため、当時の評論家のお好みではなかったのだろうが、現代の小説と比べても遜色ないし完成度は高いと思っている。2022/10/20
やいっち
41
学生時代に読んだ本の再読。『狂人日記』は、さすがのゴーゴリ作品。貶められている下級役人。溜まる憤懣。しかしプライドは踏みつけにされればされるほど、エネルギーは溜まり、やがて爆発する……のだが、語り手である本人は、自分はホントはとんでもなく偉い人なのだ、たまたま屈辱的な地位にあるが、やがて外国から俺を迎えに来る。そうしたら、見下していた連中を見返してやれる…はずなのだが…。諧謔と当時のロシア社会を描く執拗な叙述と。併載の『羅馬(ローマ)』などは、詩文。読み手を選ぶかも。2019/02/17
SIGERU
24
ペテルブルグ物と総称される都市小説を蒐めた短篇集。主人公は下級官吏や貧乏画学生だが、地を這うリアリズムとは無縁の、豊饒な幻想性と軽快な滑稽味に魅了された。表題作『狂人日記』。魯迅の同名作品は「人が人を喰う(搾取する)」社会への批判だが、ゴーゴリのそれは、暴走する自意識がついに人(精神)を喰ってしまうさまを迫真の筆で描き、尖鋭な現代性を獲得している。きりもない饒舌体が、そのまま心と行動が現実から乖離していくプロセスを表現。心理解剖の書としても卓抜。日付の工夫によって狂気の進行をあらわす手法もおもしろい。2020/10/21