出版社内容情報
「世界文化史大系」の著者として有名な文芸批評家ウェルズは,最初この軽妙なユーモア小説によって今世紀初頭の文壇に認められた.インチキ強精剤トーノ・バンゲイを発明して巨万の富を儲ける男を主人公とした物語であるが,19世紀イギリス社会相の解剖と描写の中に科学思想を盛り,文学作品としても傑出している.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
115
解説の中で、この作品を書いた時期のウェルズに対する一言「社会的関心のエネルギーが、ディケンズ的な喜劇のエネルギーと融合するとき、ウェルズの文学的活動は頂点に達するのである」これ以上の言葉はないと思う。人物批評や社会風刺、資本主義や近代化批判を、少し突き放して滑稽に描いている。その距離の取り方や物の見方は、人としても作家としても円熟期にあったウェルズがなし得たことであり、単なるSF作家ではなく、読み継がれる作品を書いた作家として名が残るのは当然のことであると思った。2016/05/29
まふ
112
下巻ではトーノ・バンゲイがバカ売れし叔父が巨万の富を手に入れ富裕階層の生活をする状況が描かれる。が、しかしその生活もすぐ綻び、起死回生策として巨万の富をもたらす新素材クワップの採集にジョージが出かけるも失敗、叔父は破綻する。ジョージは気球で叔父をフランスに脱出させるが体調不良のため死ぬ…。インチキ商品をベースにここまで話を盛り上げる著者の想像力に圧倒された。最後にジョージがテムズ川を遡りつつ描写する「イングランド風景」はこれぞ英国、という見事な文章であり、物語を締めるにふさわしい語りであった。G1000。2023/10/03
Tetchy
108
典型的な栄光と挫折の物語であると同時に青年ジョージ・ポンダレヴォーの半生の記録だ。彼が育った地方の金満家での暮らしとロンドンでの享楽の日々、そして彼の恋愛変遷とトーノ・バンゲイを中心とした叔父エドワード・ポンダレヴォーの片腕として経営に携わった彼の波乱に満ちた物語だ。普通これほど色んなことに興味を持ち、そして色んな分野に事業を拡大し、そして様々な階級や分野の人間に出遭えるロンドンで人付き合いもしながらも、これほどまでに人脈が得られない人物も珍しい。最後の最後まで彼は独りなのであるのが何とも悲しい。2022/04/05
NAO
58
インチキ強壮剤トーノ・バンゲイは売れに売れた。それは叔父に巨万の富をもたらすが、叔父を薄っぺらな人間に変えてしまう。巨額の金の動きは、人を狂わせる。甥に「叔父さんのしていることはインチキにすぎない」と言われ続けながら、叔父はどうしてそれを止められなかったのか。商品販売におけるキャッチコピーの効果とその弊害。150年も前に、口先だけで巨万の富を得ることができる社会のシステムをこんなにも痛烈に批判していたウェルズ。ウェルズという作家の見方がかなり変わった作品だった。2016/08/18
しおつう
28
上巻では訳者の紹介を兼ねたが、実はこの原作者のウェルズ、透明人間やタイムマシン、宇宙戦争など、誰もが知ってる超メジャー作品の著者でもある。それに比べると本作は片手間で仕上げた感有りとのことで、そう言われてみれば文章間に時間的隔たりが有りすぎたり、大事な場面なのに然程紙面が使われていなかったりと荒い面が目立つ気もした。作品意欲にムラがある江戸川乱歩のような作家なのかもしれない。とは言え、上下巻でそこそこのボリュームのこの物語、冒険的要素は少ないながらもそれなりに楽しめる読んで損はない1冊。2016/10/28