出版社内容情報
テニスン(1809‐1892)はヴィクトリア朝を代表する詩人であった.非常に甘美な詩を作って国民全体から愛され,1850年桂冠詩人となった.「イン・メモリアム」は,親友アーサー・ハラムの死後,悲哀絶望の底からうたいつづけた追憶の詩の集積である.ヴィクトリア女王は王の没後,常になぐさめと追憶とをこの詩集に求めたということである.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ロビン
21
ケンブリッジ時代より親友であったアーサー・ハラムの客死した1833年から書き始められ、50年に完成した長編の追悼詩。非常に優秀で、テニスンの実妹の婚約者でもあった無二の親友の死という悲しみを乗り越え、ハラムを讃えた永遠の墓碑とするために書かれたこの詩は、テニスンの代表作であり、桂冠詩人への道を開いた。ハラムの死を嘆く前半部から、神への信仰を通じて「愛してそして失ったものは、愛さなかったものより幸福だ」と少しずつ前を向き始め、友は心の中で永遠に共にあると確信し、最後は妹の祝婚歌で明るく締めくくられる。2022/01/07
風に吹かれて
18
ケンブリッジ大学でテニスンが出会ったハラムはダンテを愛し希・羅・伊の諸語に通じ文学を愛し、そして理想主義の人であった。学業を終えロンドンに帰ると法律の道へ。テニスンの妹の許嫁でもあった彼は1833年急逝。テニスンにとっての青春の光の死と言えるのではないかと思う。彼から多くを啓蒙され生の喜びを得ていたテニスンが書きとめた詩の数々に1849年に書いた「序」を附して1850年に出版した本が「イン・メモリアム」である。 →2025/05/22
無能なガラス屋
7
「一番悲しい時折に 心の底から私は思ふ 愛して そして死なれた者は 愛したことのない者よりも どんなに幸福か知れないと。」2023/09/15
イボンヌ
7
「人類よ 奮い立ち 酔歩によろめく牧神を追へ 感能の酒宴を踏み散らせ。 前進せよ 上しょうせよ 獣性を駆逐せよ。 心の中の、猿と虎を死なしめよ」P2292017/02/20
n
1
あんまりにも悲しいとやっぱこうなるよねって思いました。〈友よ 私は おまへをほんとうに愛することはできないのか。なぜなら愛は 愛するものを反映すると言はれてゐるが、私の歌は言葉の遊戯にすぎなくて、思索の海の波頭に 立つては消える泡の樣なものばかり〉2025/04/23