出版社内容情報
ロシア人を父に持ち、若くしてロシア、ヨーロッパを彷徨いトルストイの謦咳に接した。革命から逃れて日本に帰国、その後、東京の下層社会で極貧生活を送りながら旺盛な執筆活動を始める。才能を妬まれ虚言の作家と貶められ、文壇から追放された大正期のコスモポリタン作家が、生まれからデビューまで、数奇な人生を綴る。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
hasegawa noboru
22
ロシア領事を父に持った混血作家がその半生を綴った自伝小説。四方田犬彦氏の巻末解説によればによれば、このデビュー作によって黒石はベストセラー作家になり、<毀誉褒貶の嵐のなか>大正末の<五年間は、黒石の全盛時代><文壇の寵児となった>とある。文学史的にはその後抹殺されたのではないか、寡聞にしてその存在を知らなかった。1917年<革命の巷>と化したペトログラードを15歳年上の恋人、ユダヤ女性を連れて逃げ回り、その女性は頭に銃丸を貫かれ死んでしまう。<このあたり、どこまでが黒石の実体験であるのか。多分にメロドラマ2023/06/13
春ドーナツ
16
齢を重ねるうちに、ちょぼちょぼと読んでいた戦前の日本文学も多少なりとも嵩を持つに至った。そうすっと、ある種の「文学観」が萌芽するのも自然な成り行きである。浅学な私にとって大泉の文章は、まさに黒船襲来であった。田山花袋風に述べれば、布団が吹っ飛んだ。時代を軽く跳躍して、22世紀の作品と嘯かれても首肯したことだろう。「解説」で、岩波文庫ではこれからも黒石作品を復刻します宣言があったならば、欣喜雀躍したことだろう。本書が世相に合致して、ベストセラーになれば、文庫編集部も柳の下の泥鰌を狙うだろう。お願い、狙って。2023/05/29
nishiyan
14
大正時代にベストセラー作家となるも文壇を追放された大泉黒石のデビュー作。昭和の怪優・大泉滉の父といった方が通りが良いかもしれない。1919年に『中央公論』に発表された作品だから、古くて読みづらいかと思いきや、講談のごとき軽い語りで読みやすかった。生い立ちに始まり、妻帯してからの苦労話など、虚実の境がどこにあるのかわからない面白さ。特に少年時代は叔母の援助を受けながら、パリでペトログラードでとうだうだと暮らしながら巻き込まれたロシア革命。彼の死生観に大きな影響を与えたのだろうなと。他の作品もぜひ読みたい。2023/09/05
鷹ぼん
8
大変な作家に出会った。父はロシア人、当時の漢口の領事と作中にある。実子は昭和のコメディ役者、大泉滉。四篇から成る自叙伝はやたら痛快で面白い。大正期に旋風を巻き起こし、人気沸騰するも、妬みは凄まじく、誹謗中傷も浴びせられ、文壇を追放されてしまう。生活は困窮したことは想像に難くないが、若き日に豚の生皮の染色、牛の屠殺などで糊口を凌ぐ苦しい生活を重ねているから、反発力はあったはず。青年期にトルストイと知り合い、影響を強く受けたんであろう破天荒な半生は魅力的であり、呆れてしまったり…。実に愉快な一冊だった。2023/07/09
圓子
6
嘘か真か波乱万丈。こんな人がいたのか!文章の中では滅茶苦茶なやぶれかぶれのような人物だけど、解説によるとどうもそうとばかりも言えないような…。底が知れない。こわいこわい。一筋縄ではいかない文章にぶんぶん振り回される爽快感。こんな面白いものを書いていても「忘れられていた」というところもなかなか。文壇が怖いのか時の流れが怖いのか。もっと知りたくなったぞ。2024/01/29