出版社内容情報
70年代以降のディコンストラクションの運動が切り開いた地平を社会哲学へと架橋した,記念碑的著作(原著,MIT Press,1995).英語でしか読めなかったテクストを著者自身が日本語とし,今回あらたに長文の後記を付す.
目次
第1部 制作(建築への意志;形式のステータス;建築と詩 ほか)
第2部 生成(自然言語;貨幣;自然脳 ほか)
第3部 教えることと売ること(独我論;教える立場;隠喩としての建築 ほか)
後記―隠喩としての建築と現実の建築(二〇〇三年)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
tyfk
3
かなり大幅に構成が改訂されていた。後記では、バウハウスやコールハースが言及されていて面白い。「今日われわれが出会っているのは、ポスト工業段階での最新情報技術である。そこで、若い建築家たちがヴァーチャル建築にひきつけられるのは無理もない。そして、それが新たな可能性を与えることは疑いがない。しかし、それがかつてのモダニズムのようなインパクトを与えないのはなぜか。そこに、かつてのモダニストがもっていた倫理性と社会変革のヴィジョンが致命的に欠けているからである」2024/12/19
fseigojp
3
柄谷理論の基礎論のようです2014/12/25
山本知慧
3
雑に要約すると、建築とは、あるひとつの理念的なデザインを実現する行為ではなく、施主やスタッフとの共同作業であり、「生成」する「出来事」である。しかし、プラトンにおける隠喩としての建築は、理念的なものであり、現実的な建築家は軽蔑される。そしてこのようなプラトンの哲学を斥けるためには、単に、世俗的な建築をメタファーにすればよい。こういった態度は、例えば最も理念的だとされる数学でも同様である。ゲーデルの証明は数学を不可能にしたのではない。むしろ、公理から確実に演繹される体系から、数学を解放したのだ。2012/01/10
KakeruA
1
サービスデザインを考える上で読了。建築的行為を自然知の形式化としており、建築家自身によって『設計』できるものでなく多中心的な共同体のなかで生成される偶然の出来事と記述している。 サービスデザインとは、この自然知の形式化によって生まれる諸関係から境界の見えない集合を生成していくことかもしれない。ただし、主観的に描かれる現象だけでなく、物自体の経路設計や社会関係の中で生まれる仮象の存在が多中心的な諸関係の集合を生む原因となっているので、共同体の捉え方がより多様になっている。2013/02/20
hitotoseno
1
プラトン以来の哲学は建築の意志に基づいていたが、それを批判するにハプラトンの嫌った詩を対置するのでも、ニーチェ的な「生成」を持ち出すのでも不十分である。むしろ形式化を徹底せねばならない。架空の「自然数」を仕立て上げ数学を形式化することによって生まれる宙づり状態、それを内部から批判したゲーデル、かたや外部から批判し「言語ゲーム」論を確立したヴィドゲンシュタイン。形式主義を徹底した先に見出される<他者>。プラトンやヘーゲルの弁証法では見出されない非対称的な<他者>。『探究』の予備段階。2011/10/16