内容説明
生きることの意味や拠りどころを求めて、あるいは喪失や苦しみに向き合うなかで、いま広範な人びとの眼差しがスピリチュアリティの世界に注がれている。伝統的な宗教の枠に収まりきらない多様な思索や発言、新しい行動様式を読み解きながら、現代日本における人びとの生き方や精神文化の変容の様相をとらえ、その意味を問う。
目次
1 新霊性文化をどうとらえるか(スピリチュアリティの興隆;ニューエイジか新霊性か;新霊性文化と宗教伝統)
2 生きる力の源泉を求めて(スピリチュアリティと「生きる力の源泉」;教団的宗教の枠の中で;「宗教」を超えて ほか)
3 グノーシス主義と新霊性文化(グノーシスは神秘思想か;グノーシスと現代の物語;新霊性文化とグノーシス主義 ほか)
社会の個人化と個人の宗教化―ポストモダン(第二の近代)における再聖化
著者等紹介
島薗進[シマゾノススム]
1948年生まれ。東京大学文学部・同大学院人文社会系研究科教授。専攻は近代日本宗教史、比較宗教運動論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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jjm
5
東大名誉教授で宗教家の島薗氏によるスピリチュアリティの近況が述べられた本。この暗くなってしまった世の中に笑いを取り戻すには、という観点で笑いに関する本を色々と読んでいたが、笑いから派生して、自己肯定が必要なのだとの考えに至った。でも自己肯定とは言っても、既存の宗教以外だと、自分が信じられるもの、つまり自分のためだけのセルフ宗教のようなものでも作らないと実現困難だよなぁと調べていたところ、ニューエイジ、精神世界、スピリチュアリティといったものに辿り着いた。2021/02/11
朝野まど
3
これから後の時代、”癒し”がどのような形に変化していくのだろうと考えているうちに手に取った一冊。宗教、合理科学が個人のアイデンティティだった時代から、スピリチュアリティがアイデンティティとなる新霊性文化が到来していると作者は語ります。スピリチュアリティによる癒しが興隆することで、看護とスピリチュアリティの間柄はどのように移り変わっていくのでしょうか。卒論でじっくりと検討したいな。2013/02/15
rune
1
スピ系はヤバい。そう主張することは容易いし、ことの一面を捉えてはいる。だが、「社会の個人化が個人の宗教化をもたら」すという言葉に集約されるであろう筆者の論を読むにつれ、スピリチュアリティの興隆が今日の社会のありようと不可分のものであることが理解されるようになる。葉についた害虫と違って、つまみ出してしまえば終わり、というわけにはいかないのだ。特に、スピリチュアリティを生きる人びとについて論じた第Ⅱ部や終章は、スピリチュアルなものに対する偏見を含んだ僕の見方に大きな修正を迫ることとなった。2022/08/22
u-saku
0
霊性の訳語としての「スピリチュアリティ」論。研究者とそうでない人々との「スピリチュアリティ」イメージの違いが気になりました。
nawatobi
0
何とか一通りは読んだ/イメトレは田中美津からとは知らなかった/内面の変化をメインにして外への働きかけをしない傾向はあまり健全ではない/現在の各宗教人のあり方に「外向き」を感じられてよかった2011/05/05
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