出版社内容情報
古来多くの哲学者が人間を「笑うことを心得ている動物」と定義した.フランスの哲学者ベルクソン(一八五九‐一九四一)は,この人間特有の「笑う」という現象とそれを喚起する「おかしみ」の構造とを,古典喜劇に素材を求めて分析し,その社会的意味を解明する.生を純粋持続ととらえる著者の立場が貫かれた一種の古典喜劇論でもある.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
たーぼー
52
『笑い』という人間の壮大かつ或る意味、不明瞭な本能に迫る哲学書なのだが、ベルクソンの個性と、彼が愛したであろう古典喜劇に笑いの素材を求めた一種の芸術論でもある。笑いを理解する為には、笑いの本来の環境たる社会にこれを置いてみる必要性を説いたのも納得できる。笑いが時代と共に進化、複雑化を成し、喜劇が持つ箱庭的滑稽さの枠を飲み込むことをベルクソンは当然、予見していたのだろう。それでも彼が当時、喜劇から見出した、生の錯覚と機械的仕組みの感覚の不安定な配列の中に笑いが生まれるという要素は、現在において普遍である。2017/02/15
にいたけ
43
哲学者が「笑い」とは何か、定義してみたという本。ところが「笑い」の捉え方が極めて限定的。フランスの戯曲のおかしさに限定したものだから現代の笑いとのギャップがあり、全然笑えない。また難解。人が人のしたことを笑うことで何かを感じ取り世界をよりよくしていくために「笑い」はあるのではないか?という著者の思いは人を信じすぎるように思える。読書会の課題図書でなければ挫折している。この頃の形而上学はとても興味深いがベルグソンを読むかは少し考えたい😅2024/03/03
瓜坊
24
滑稽さ、おかしみという何故そう感じるのか解りにくいものの理屈。笑うことって、ホントに生への実感と思う甘美なものだけど、滑稽から起きる笑いは人工甘味料っぽいところがある。最終章で笑いの苦味について語られる。そこまでと違って笑いのネガティブさも含めた部分について冷静に。笑われる対象は、自身のその硬直的な行為に無自覚で放心している。それを社会から自由な存在だと肯定しつつ、すぐに矯正しようとする。悪意によって善を。それが笑うという行為。 2019/07/13
ヒロキです
22
笑いについての分析が描かれた本。 内容としては、喜劇からの笑いの分析が為され且つ具体例も我々の時代からしたら、相当過去「引用としてはドン・キホーテ、モリエール等」のものだったので相当難しかった。久しぶりにあまり理解出来ずに読了してしまった感じ。 繰り返し、ひっくり返し等は今のお笑い芸人も使っているなと理解できた。 また機知と滑稽の違いも詳細に為されていた。 完全に読むにはまだまだ修行が必要…2020/05/11
加納恭史
21
気休めの哲学はないかと思う。笑いや滑稽話を哲学者はどんな解説をするのかな?フランス文学のモリエールを喜劇作家として絶賛する。滑稽話の最初は人間がつまずいて転ぶ話。他人ごとだとして人間は笑うのかな。笑いは身体の緊張が弛むことかな。身体の硬直が原因らしい。これはついつい笑ってしまうなあ。一般的な話はチャップリンの機械のネジ回しが、機械工の習性で遂には機械のネジになってしまう。まあ人間の身体の硬直性で滑稽だな。しかしモリエールの「ドン・ジュアン」は醜悪なドンファンで地獄に落ちるのだが、その理由も悲劇で滑稽だな。2023/10/01