読書という航海の本棚＞湯女、見立て、ピランデルロ - 紀伊國屋書店ウェブストア｜オンライン書店

1 ～ 1件／全1件

湯女図 - 視線のドラマちくま学芸文庫

予定外で購入した一冊。紀伊國屋のサイト…

コメントを全て表示

予定外で購入した一冊。紀伊國屋のサイトでの紹介では、「失われた半分、謎、作者不明」とあったので、インターネットで画像を確認したら、具体的な背景がない中で六人の女性が立ち尽くしている図が目に飛び込んできた。（表紙はその中の四人）その瞬間、これと似た状況を思い出したのだ。
　小松左京が『こちらニッポン…』（現在、文庫本では入手困難）の下敷きにした、イタリア人ノーベル賞作家、ピランデルロが書いた戯曲の『作者を探す六人の登場人物』である。この演劇では家族らしき六人が自分たちが経験した悲劇を上演してくれる作者を探すという設定である。『湯女図』は「作家を探す六人の湯女たち」だと思い、注文した次第だ。
　本書では、もちろん、このような場違いな着眼点はない。六人の女性にAからFの仮名をつけ、画像に線を引き、構図上の分析を、他の多数の人物画との対比をとおして行っていく。幾何的な発想だ。
　そして、失われた部分の復元については、現存する類似画を接合することで、寂し気な『湯女図』に新たな賑わいが吹き込まれる。ここでは、著者の審美眼がいかんなく発揮される。
　作者を発見しようとする過程は、犯人捜しの探偵の姿勢そのものである。複数の文献を手掛かりに推理する作業には思わず引き込まれる。帯の「ミステリーよりおもしろい」という宣伝文句に偽はない。
　結びの部分では「見立て」という技法が述べられる。「江戸時代に乱用されるようになった」（磯崎新『見立ての手法-日本的空間の読解』鹿島出版会）とあるように、この手法を比較の視点にすることは、美術史の観点からは当然なのだろう。
　専門的な考察でも、絵を楽しもうとする鑑賞者の視点で書かれているので楽しめた。妄想好きの私は、調子にのって、六人の湯女（全員がそうでもないらしいのだが）を、15ｃｍくらいのフィギャ－として３Dプリンターでカラー印刷し、眺めたくなったのだ。そして、彼女たちが登場する物語も想像してみる。大人気ないような気もするが、副題にある「視線のドラマ」とは、このような遊戯への誘いと解釈した次第だ。