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和書尾崎翠集成〈下〉ちくま文庫

『尾崎翠集成（上）』を読んだ後に（コメ…

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『尾崎翠集成（上）』を読んだ後に（コメント参照）、異なった二方向への文学的嗜好から著者自身の精神は「分裂」していたのだろうとの勝手な見解の是非の解を下巻に求めたいと書いた。
　その結果、あながち見当違いでもなさそうだとの印象を強くした。先ず、「露の玉」で描かれた姉妹を包む優しくも狂おしい耽美的な心情と風景に魅せられた。谷崎潤一郎の幻想譚を凌ぐ、月光で朧げに漂う異世界に足をそっと踏み入れた。『月の文学館―月の人の一人とならむ』（和田博文編、ちくま文庫）（コメント参照）の増補の機会があれば、この珠玉の小編を含めてほしいと強く感じた。
　一方、「変態性欲者」（瑠璃玉の耳輪）というような露骨な言い回しに出会うと、不覚にも『乱歩の幻影』（日下三蔵編、ちくま文庫）に収録された「乱歩を読みすぎた男」（蘭光生）を思い出す自分自身がいた。
　さらに読むと、この両極端な眼差しを助長したものの正体が、Ⅲにまとめられた「映画万想（一）～（六）」を通過した時点で見えてきたような気がした。著者は、文学以上に、映画にぞっこんだったようなのだ。チャップリンの動きの考察は、単なる物見遊山の観客の視線からは不可能である。暗い映画館で銀幕への凝視と観察があったのだ。
　暗闇で見る光景は、まさしく屋根裏部屋からの覗きだったし、フィルム現像に係わるポジとネガの二面性が、著者の精神と同調したのだろうと思う。
　このように、上巻の収録作品をすべて楽しんだがところだが、一件落着とはいかず、まだ、不可解な疑問が一つ残っている。「瑠璃玉の耳輪」で描写される南千住行きの電車が止まる停車場が「泪橋」だった理由である。（今は都バスのバス停）女掏摸（すり）が財布を取る場面である。
　著者が、なぜ、この場所を選んだのかがこの作家の全貌を理解するうえで、小さいながらも重要な課題のような気がしてきた。回顧的な記録では、「川」が存在していた時代（今は暗渠）には、この「橋」は娑婆と刑務所との境だったようなのだ。ここでも、「表」と「裏」の二面性が垣間見える。

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