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和書地図と領土ちくま文庫

表題だけ見ると、あたかも外交的あるいは…

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表題だけ見ると、あたかも外交的あるいは民族紛争を素材にしたようだが、そうではない。ある孤独な芸術家の生涯が描かれている小説である。
　読み終わった後に表題の意味について考えてみた。フランス語の知識は乏しいが「地図」の訳が当てられているcarteは英語でもmapとなる。さらに調べると「配置関係」を示すらしい。一方「領土」territorieは英語のterritoryと対応するが、単純に「土地」の意味にもなる。これを踏まえて、読書後の感想で邦題をいじると『ものの配置図と住んでいる土地』になった。
　「エピローグ」で、主人公の芸術家の男ジェドは、建築家の父が残した「図面」に驚愕する場面がでてくる。（p431）様々な建物や家の室内の描写等は随所に出てくる。主人公が椅子から立ち上がるところからこの小説は始まるし、著者の本名で登場する作家、ウェルベックの仕事部屋の様子は、写真撮影をする主人公のカメラの視線で、丁寧かつ客観的に描かれる。（p174）さりげない記述の中に、物語の展開の背景となる事物の微妙な位置関係が隠されているのかもしれない。
　ウェルベックは、体を切断された惨殺死体で発見される。物語は一気にミステリのような展開になり、犯人捜しへと話は進んでいくが、人体という一つの地図あるいは領土が分断されるという猟奇的犯行と米国の抽象表現主義画家ジャクソン・ポロックの作品との相似が視覚的に印象づけられる件にいたっては、一種の芸術論の雰囲気になっている。
　このように、この小説は、主人公の眼差しをとおし、人が暮らす場所を「視覚」という芸術的な目線で映し出していくが、人生を実りあるものにする他者との関係とか時の積み重ねとの葛藤が明らかになり、ジェドは一人寂しく終焉の時を迎えることになる。
　最後の場面で、主人公が晩年に取り組んだ作品について「植物は完全な勝利を収めたのだ。」とある。哲学的な結びである。本書の表紙は、この主人公の吐露を表現したものだ。人工の建造物ではなく、大自然の営みの証である植物が、目に見える景色としては最善であるとの結論なのだろうか。ユートピア主義者だったウィリアム・モリス（p281）へと余韻が連鎖する。

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