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和書夢のなかの夢岩波文庫

ページ数だけで見ると手軽に読める短編集…

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ページ数だけで見ると手軽に読める短編集。と言えっても単純な作品集ではない。表題を見ると「夢」が入れ子構造になっている。原題を直訳すると「夢の夢」になる。邦題では、日本語としての「座りのよさ」を意識してか『夢のなかの夢』となったのかもしれない。「なか」を「中」にして「回文」にしたくなったが、さすがに度がすぎるようだ。
　読み始めると、出口のない「夢」の世界に閉じ込められる。「夢」を題材にしたあるいは舞台にして作品は数多くある。タブッキが試みたのは、他人が見たであろう夢への侵入とその暴露である。
　完全な「意識侵犯」と「夢の窃盗」だ。ITの進歩で実現がまことしやかに噂される「夢の映像化」を先取りした野心作である。
　ベルグソンは、「夢は記憶の再生」と書いていたらしいが（『エピステーメー　1978年7月号』朝日出版社）、この作家は、他人の夢という記憶を創作したのだ。文学だから許される暴挙である。
　取り上げられた人物は20人。ギリシャ神話のダイダロスから精神分析のフロイトまで多岐にわたる。読者は、彼らの潜在意識を覗く小旅行へ招待される。夢という迷宮でさ迷ったに後に本を閉じると現実に戻れるものの、夢見心地の危さからは逃れられそうにもない。
　最後の一編であるフロイト博士の夢には、マルタ夫人という女性が登場する。『フロイト』（世界の名著60、中央公論社）によると、フロイトと結婚したマルタ・ベルナイスである。その女性が、フロイト自身の夢の中で、ドーラという女性に語りかける。「あなたはたくさんの問題をかかえているんですもの」と。話しかけられたこの人物は、紀伊國屋ウェブストアでA　Case　of　Hysteria『ドラの症例』（英訳）の表題を見る限り、重要な患者であることが分かる。いびつな三角関係が見え隠れする。
　天空への飛翔という夢の物語で始まるこの作品集を、タブッキが、フロイトの心の闇へ落ち込んでいくという展開で終えた意図を正確に理解するには、少なくとも『夢判断』と『ドラの症例』を読まなければならないのだろう。
　私はもうしばらく、タブッキの夢の中に留まることになりそうだ。

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