読書という航海の本棚＞ゴシックロマンス、ヴィクトリア朝、魂 - 紀伊國屋書店ウェブストア｜オンライン書店

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和書屍者の帝国河出文庫

二人の著者は、私がSFから離れていた時…

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二人の著者は、私がSFから離れていた時代にデビューした作家。伊藤計劃は、『ハーモニー』に驚愕したし、円城塔については『文字渦』を堪能した。（両書ともコメント参照）
　伊藤の若すぎる死を知ったのは、『ハーモニー』を読んでからだった。本書の冒頭文を書き終えた段階で、構想のメモ等を残して鬼籍に入ったらしい。そして、この断筆を、同じ世代の円城が引き継ぐ形で完成させたのがこの小説だ。日本SF史上、永遠に語り継がれる作品になったと思う。
　表題からは、屍者を蘇生さえる近未来社会が連想できるが、物語の舞台は、1870～80年代だ。読み始めると科学技術文明の到来を謳歌したヴィクトリア時代の陰に潜む危さが、当時刊行されたゴシックロマンスや人々を魅了した疑似科学等への言及で、滲み出てくるのが分かる。ある意味、死体としてのヴィクトリア朝の解剖でもある。
　怪奇小説へのオマージュとして使われているのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』とブラム・ストーカーの『ドラキュラ』である。前者からは、怪物を創造した科学者が、屍体の蘇生技術を確立した人物として描かれている。後者からは、吸血鬼を退治しようとする大学教授エイブラハム・ヴァン・ヘルシングが、「屍者の帝国」崩壊をもくろむ人物として登場してくる。二人とも主要人物だ。
　疑似科学と言えば、「動物磁気学」だ。信憑性が否定されて久しいが、この説を主張したドイツ人医師メスメルの名前は、英語の動詞mesmerize（魅惑する）に変異し、今でも生きている。
　このように、この小説は事実と虚構を融合させた歴史小説だ。展開が東京へ進んで大村益次郎が登場してくると、『帝都物語』の匂いも漂い始め（『帝都物語６』荒俣宏、角川文庫）、物語を引き継いだ円城の力量にも好感を持てる。米国とロシアの文学もさりげなく取り込まれている。
　ハードウェア重視の19世紀末を舞台に、生命を軸に、魂はソフトウェアであるという視点を入れたのは、注目すべき着想だと思う。単なる伝奇小説ではなく、本作品がSFであるという評価を受ける理由がここにある。
　人が見る夢や意識も、デジタル技術で映像化される近未来も想起できる展開は、若くしてこの世を去った伊藤が残した冥界からの伝言のように思えてきた。

タグゴシックロマンス、ヴィクトリア朝、魂

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