内容説明
よく知っているはずの画家の名前がどうしても思い出せない.ありえない言い違いや読み違いをしてしまう――日常のささやかな度忘れや失錯の奥に潜む,思いもかけない想念や欲望とは.フロイト(1856-1939)存命中にもっとも広く読まれ,各国語に訳されてきた著名な一作の改訳新版.十全な注と事例の一覧も付す.
目次
凡例
第一章 固有名詞の度忘れ
第二章 外国語の言葉の度忘れ
第三章 名前と文言の度忘れ
第四章 幼年期想起と遮蔽想起について
第五章 言い違い
第六章 読み違いと書き違い
第七章 印象や企図の度忘れ
第八章 取りそこない
第九章 症状行為と偶発行為
第十章 勘違い
第十一章 複合的な失錯行為
第十二章 決定論,偶然を信じること,迷信,様々な観点
訳注
訳者解説
内容の構成と事例一覧
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
1.3manen
43
久しぶりに風樹文庫より。1940-52年の刊行物。忘れるというのではなく、間違ったことが思い出される(14頁)。名前の度忘れ(失念、一過性の度忘れ)の機制は、名前とは直接に縁のない想念の連なりのせいで、意図する名前の再生が妨害される(80頁)。高校必修科目公共では、【防衛機制】があるが、その機制(機能するしくみ、機構)という漢字が出てきた。また、度忘れが続け様に起こって、別のものへ跳び移っていく(83頁)。フロイト先生は、幼児期健忘(想い出が欠落)事実に無関心だと、批判している(90頁)。2025/08/28
金吾
24
一つの事象について、ここまで考えるのかと思いました。著者の考えになるほどと思う部分とえっと思う部分がありましたが、実例が多いのでイメージはつかみやすいです。「外的な偶然は信じるが、内的な偶然は信じない。」という言葉は至言だと思います。2023/11/10
T. Tokunaga
5
これはつまり西洋中世の図像学を近代人の心理に適用した方法なのだとしたら、ケラーやシラーみたいなドイツ・ロマン派の名前が繰り返し出てくるのも当然(ドイツ・ロマン派はなぜあんなに中世が好きなんだろう)であろう。他人の一挙手一投足にいちいち目を光らせて図像学をやり、世界認識とやらをやろうとするこの志向はアドルノやベンヤミンにもあるが、第二次大戦後の人たちにいわせれば、全体主義の温床になるのだろう。とりあえずフロイトはもう少し読んだらやめにしよう。2025/05/25
読書日記
5
失策行為に押さえ込まれた欲望などが潜んでいる、という説。自分に当てはまるものがあるとすれば、母親と同じ名前の人の名前を忘れたことがあるくらいか。母親を普通名前では呼ばないからかもしれない。それ以外は特に、こんな事あるかなぁとピンと来なかったが、延々と続くワンパターンのショートストーリーを読んでいる感じで、慣れてくると物語として楽しめる。雑誌掲載、どのように増補版が出されていったかという解説は飛ばしたが、エピソードの中にフロイト自身の経験が混じっているという話は面白く、フロイトの生涯にも興味を惹かれた。2025/05/02
Go Extreme
4
固有名詞の度忘れ 外国語の言葉の度忘れ 名前と文言の度忘れ 幼年期想起と遮蔽想起について 言い違い 読み違いと書き違い 印象や企図の度忘れ 取りそこない 症状行為と偶発行為 勘違い 複合的な失錯行為 決定論、偶然を信じること、迷信、様々な観点 後年、論理的に展開されている発想の芽が、早い時期の記述の中に垣間見える 不快や刺激の軽減こそが有機体の本質 後年の洞察は具体的な事例の観察の中から生まれてきた 20世紀初頭・緊張と暗い予感を孕んでいた時期 文化的にはウィーンはむしろこれまでにない活況を呈していた2022/07/11




