内容説明
「教育には、親も文科省もメディアも要らない!?」
「教師は首尾一貫していてはいけない!?」
「日本の教育が『こんなふう』になったのは、われわれ全員が犯人」
「教壇の上には誰が立っていても構わない」
「学校はどの時代であれ一度として正しく機能したことなんかない」
「『他者とコラボレーションする能力』の涵養こそ喫緊の課題」
学校、教師、親、仕事、宗教…… あらゆる教育のとらえ方がまるで変わり、「学び」の本質を見事に言い当てた、驚愕・感動の11講義!
混迷する日本を救う、現代必読書。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
125
「街場シリーズ」の4作目。タイトル通りの教育論だ。筆者の主張は、ここでもきわめて首尾一貫している。すなわち、「教育はビジネスではない」の一点に尽きるとも言える。「個性を尊重する教育」と言えば、一見正論であるかのように聞こえるが、その実は個的消費を煽るために過ぎなかったりする―筆者特有の切れ味の良さだ。グローバル教育やキャリア教育―これらも、ちょっと見には魅力的に映る。しかして、その実態は…。なお、教員は基本的には反権力というのは、たしかにそうあるべきだろう。文部科学省の顔色を窺っているようではだめなのだ。2013/08/07
にいたけ
51
2008年の本ではあるが今回も目鱗。現在の共働きが当たり前なのは経済の停滞が原因だと思っていたが、考えの甘さを痛感した。家族の崩壊、核家族化は消費を促すための戦略ね😔自分の好きなものが買える、自分を表現するための消費は気持ちいいが家族のあり方を根本的に変えてしまった。教育現場が市場になればそりゃ勝ち負けが発生して無意識の妨害が発生するよね。個性化尊重すれば会社の共同感覚と合わなくなる。そりゃ皆すぐ辞めるよ😆不自由な中での秩序が崩壊した今、どうすべきかコロナ禍で混迷は深まるばかり🤔2022/02/20
朝日堂
27
「学び」というのは自分には理解できない「高み」にいる人に呼び寄せられて、その人がしている「ゲーム」に巻き込まれるというかたちで進行する。この「巻き込まれ」が成就するためには、自分の手持ちの価値判断の「ものさし」ではその価値を考量できないものがあるということを認めねばならない。自分のものさしを抱え込んでいる限り、限界を超えることはできない。知識や技術は身につくかもしれない。けれどもそれでは、鳥瞰的視座に「テイクオフ」できない。「学び」とは「離陸」することである。そして教えの基本は「述べて作らず」にあるのだ。2013/07/11
りょうみや
26
内田氏の本何冊目か。講義録が元になっているが読む方から教育論のエッセイ。著者の見識と考えが深いことは伝わってくる。自分の体験も適度に交えて読んでいておもしろい。著者はいつも文学者らしくエビデンスベースでなく思想ベースで語る。なので読んでいて本当かどうか疑わしいと思うのだが、元が講義だとしてらそれも著者の狙い通りなのかもしれない。2022/06/18
金城 雅大(きんじょう まさひろ)
24
内田樹6冊目。 色々と納得。2018/08/23




