内容説明
ある島の〈ノアの箱船〉の物語
ブッカー賞ほか最終候補作
優生学の名のもと、実在の島マラガに起きたことを題材に、美しい詩的文体で描きだすある島の年代記。
一七九二年、逃亡奴隷のベンジャミン・ハニーはアイルランド出身の妻ペイシェンスと共に様々な林檎の種を持ってメイン州の小さな無人島にやってきた。ふたりは苦労して林檎園を作り上げ、島はアップル島と呼ばれるようになる。
それから約百年、ハニー家の子孫と肌の色も様々な島民は、豊かな自然のなかでつましくもひっそりと穏やかに暮らしていた。そこへ一九一一年、理想に燃える白人の元教師マシュー・ダイアモンドがやってくる。ベンジャミンのひ孫にあたるエスターは、ダイアモンドの善意は理解しながらも心をざわつかせるが、彼の指導で何人かの子どもたちは絵画や語学、数学の才能を花開かせていく。
ある日突然、本土から知事の命で委員たちがアップル島の視察に現れる。いきなり子どもたちの頭に測定器を当ててなにやら書き留め、子どもたちは怯え、大人たちは反発する。やがて島と人々を襲う大きな悲劇とは――。
刊行直後から話題を呼び、ブッカー賞、全米図書賞、国際ダブリン文学賞などの最終候補作に選出された。美しく痛切な祈りの物語。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
buchipanda3
92
18世紀、ある大工の男がメイン州の無人島にペイシェンスという名の妻と入植。夫妻の一族は百年越えの歴史を刻むが近世の流れは島の集落を呑み込む。一文一文、直向きに伝える流麗な語り口、幾つもの読点で結び情感の揺らぎを誘う文体、何よりエスターを始め島民たちの生きる人間としての描写が魅力的だった。島は方舟となりノアの息子たちの物語とイーサンの絵があり、本篇では肌の色への歪みと矛盾を覗かせる。小さな島の密やかな楽園に向けた人間の小さき心による罪へのザッカリーとエスターの叫びが強く遺る。やがて方舟は幾度も繰り返される。2025/09/29
たま
89
『ティンカーズ』も素晴らしかったが、この作品にも圧倒された。20世紀初め、アップル島に住みついた奴隷の末裔、混血と近親婚を繰り返した極貧の人々が優生思想により強制的に施設に収容または移住させられる。その人々の傍目に見れば最低の生活が、読み進むうちに言葉の力で輝きを帯び、かけがえのないものとして立ち現れる。エデンや方舟の神話的イメージとそれを喚起するエスターやザッカリーの存在もあるが、それ以上にイーサンやイハや最も弱く小さなラビットの視線を通して世界を見ることで、読書がそのまま貴重な、宗教的な体験となる。⇒2025/12/21
ヘラジカ
46
美しさと残酷さ、その両方に胸が抉られる。まるでシュトルムのように抒情的に描かれる繊細な人間模様に心を震わせられるかと思いきや、無機質な権力と暴力に踏みにじられる楽園の姿には終始刺すような痛みを覚えていた。歴史というにはあまりにも短く、儚い。しかし、明日をも考えずその日を懸命に生きる人々の中には、紛れもない神話が宿っている。ちっぽけな存在の崇高さを精緻にして煌めくような筆致で描いた傑作。時に文学が生み出す想像の”真実”は、決して明かされ得ぬ”事実”を凌駕する。2025/08/26
キクチカ いいわけなんぞ、ござんせん
22
マサチューセッツ沖の不毛の島に暮らす、奴隷やアイルランド人、先住民の血筋が混じり合った人たちの四軒だけの集落。ここがエデン。生活は極貧で餓死と隣り合わせ、服はずた袋、毛布やベッドもなく、ボロにくるまるようにして、家族全員が眠る。本土から白人の牧師が教会を開き、子どもたちを集めて学校をつくる。極めて真面目で優しい牧師の善意が、もたらす分離。正しいことは必ずしも幸せではないし、知識を増やすことと世の中を上手く渡ることは、果たして義務なのだろうか。その後の島の悲劇。実際にこのような事件があったそうだ。2026/01/24
フランソワーズ
17
一種の創世記のような物語は、自由奔放な想像力が迸っているかのよう。ノアの方舟やアダムとイブといったキリスト教関連のことが下敷きとなって語られているが、ただのフィクションではなく、かつてマラガ島で実際に行われた、優生思想をもとにした”原住民の差別と排除”が根底にある。そのためであろう、愉快な島民の暮らしぶりの傍らに、やがて迎えるであろう悲劇の影がちらついている。2025/12/24
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