「発達障害」とされる外国人の子どもたち――フィリピンから来日したきょうだいをめぐる、10人の大人たちの語り

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「発達障害」とされる外国人の子どもたち――フィリピンから来日したきょうだいをめぐる、10人の大人たちの語り

  • 著者名:金春喜【著】
  • 価格 ¥1,936(本体¥1,760)
  • 明石書店(2025/12発売)
  • 2026年も読書三昧!Kinoppy電子書籍・電子洋書 全点ポイント30倍キャンペーン(~1/12)
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  • ISBN:9784750349725

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内容説明

外国から来たその子、本当に「発達障害」ですか?
本格的な「移民時代」を迎えた日本の、外国人支援政策の陥穽を問う!

いま教育現場では、日本語がわからない外国ルーツの子どもが「発達障害」と診断され、特別支援学級に編入されるケースが増えている。
本書では、この問題のメカニズムと背景を、フィリピンから来た2人のきょうだいにかかわった保護者や教員ら計10人に対するインタビュー調査を通して探る。
外国人の子どもたちが「発達障害」とされる過程を詳細に明らかにし、現代の日本社会の実像を考察したこれまでに類のない一冊である。

――その支援、子どもにとって幸せですか?

目次

まえがき
序章 外国人児童の「発達障害」に目を向ける
第1節 見えなくされてきた外国人児童たち
(1)外国人児童が直面する困難
(2)特別支援教育に取り込まれる外国人児童
第2節 「外国人であること」と「障害児とされること」
第3節 なぜ「フィリピンから来た子ども」なのか
(1)「外国人児童」とは誰のことか
(2)フィリピンから来た子どもたちから見えること
第4節 2人の外国人児童と、10人の大人たちの経験をめぐって
第1章 日本の外国人児童と「発達障害」の児童
第1節 外国人を迎える地盤
(1)90年体制、「包括的な移民統合政策」なき日本へ
(2)90年体制下での2019年の到来
第2節 外国人児童を迎える日本の学校
(1)日本語指導が必要な子どもへのカリキュラム
(2)誰のための制度か
(3)「日本人のための」学校教育
第3節 「発達障害」の児童の教育をめぐる状況
(1)特別支援教育の対象へ
(2)排除の論理としての働き
(3)「発達障害」を疑われる外国人児童の説明
第2章 これまでの外国人児童の「発達障害」
第1節 外国人児童の「発達障害」の見方
(1)「発達障害を抱える」外国人児童
(2)外国人児童の「発達障害」が認められる過程
第2節 思い込みと見過ごしを越えて
第3章 インタビューの詳細
第1節 インタビューの方法
(1)インタビューの概要
(2)10人に話を聴くということ
第2節 インタビューの対象
(1)登場人物たち
(2)登場人物たちを取り巻く環境
(3)フィリピンから来るということ
第4章 カズキくんとケイタくんの7つの場面
第1節 カズキくんの4つの場面
(1)小学6年生、来日直後の様子
(2)中学1年生、5組編入まで
(3)中学2年生から3年生、部活動でのカズキくん
(4)中学3年生、進路選択
第2節 ケイタくんの3つの場面
(1)中学1年生、来日直後の様子と5組編入
(2)中学1年生から3年生、部活動などでのケイタくん
(3)中学3年生、進路選択
第3節 高校進学後の2人
第4節 10通りの〈現実〉
第5章 外国人児童が「発達障害」になる過程
第1節 「外国人としての困難」と「障害児としての支援」
第2節 「発達障害」の役回り
第3節 介在する語彙
第4節 善意と温情
第6章 「心理学化」で見えなくなるもの
第1節 「心理学化」により隠されるもの
第2節 「心理学化」の過程に見る論点
(1)医療対象化と個人化
(2)専門家の役割
(3)象徴的な意味
(4)専門家の揺らぎと葛藤
第3節 外国人児童の心理学化
(1)医療対象化と個人化
(2)専門家の役割
(3)象徴的な意味
(4)外国人児童の心理学化のメカニズム
第4節 外国人児童の心理学化の意味
終章 外国人児童の「発達障害」に見る日本社会
第1節 隠された意図と姿
第2節 外国人児童の「発達障害」の総括
(1)見えなかったものの解明
(2)再検討へ
(3)「ひとまずの理論」を越えて
(4)過程への着目、複数の声
参考文献
あとがき

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

ネギっ子gen

34
教育現場で、日本語が分からない外国ルーツの子どもが「発達障害」と診断され、特別支援学校に進学するケースが増えている。本書は、こうした事例について、フィリピンから来日した2人のきょうだいに関わった保護者や教員たち10人へのインタビューを通し探究した、他に類を見ない貴重な一書。現在、日本経済新聞社の記者である著者の、京都大学大学院の修士論文が下地になっている。修論のテーマに、この事例を選択したのは、強い関心を持っていた「子ども」と「障害」に、自身が成育歴の中で躓きの種になっていた「外国人」を結びつけた、と。⇒2021/11/23

samandabadra

9
外国にルーツを持つ人が抱える教育の問題は複雑だ。そんな子供たちをめぐる10人の関係者の語りの分析から問題をあぶりだした本。当事者の母親や、同じ国出身の方の語り、先生方の語りは「善意でやっているから納得しなければならない」、「生きるためにそうした選択をさせた」という意見に満ち満ちている。これらの言葉の裏から外国にルーツを持つ人々の教育への配慮のなさという社会構造の欠陥を指摘し、その是正が主張される。同時に、教育の失敗を「心理化」させ、全てが個人に帰するように語られることの問題の大きさへの警鐘を鳴らす本。2020/12/03

ボ~

1
非常にさまざまな示唆に富む良書だった。▼子どもたちのために良かれと思ってやっていることが、子どもたちのおかれた不条理な環境を固定化させる手伝いをしていることになる…。さらには、本来必要な支援は何かを見えなくさせてしまう。▼自分のやっていることが正しい、相手のために尽くしている、などと思いあがることのないよう、常に冷静な別の視点を持ち続けなければならないと、気づかされた。2022/02/05

takao

1
ふむ2021/11/26

thugu

1
フィリピンを含め、外国につながりをもつ人々について、本人は大変だろう、と私は思っていた。しかし、彼らの子供が経験する困難にまで想像は及んでいなかった。恥ずかしかった。 読みすすめながら、やりきれないと感じていたが、個人の問題(心の問題)に原因が帰属されることにより、社会的な問題が維持されてしまう、とあう記述にハッとした。2020/03/18

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