内容説明
西洋世界からヌードが輸入されて以来、日本の芸術家は裸体表現に多大な苦労を強いられた。本書は、男性の裸体と股間表現を追究し、見せたいような、隠したいような、曖昧な表現がいかに育まれ、受容されたのかに挑む。股間を葉っぱや手ぬぐいで隠した表現、雑誌『薔薇族』の創刊、美術館から飛び出し公共の場に設置され、あるいは撤去された男性裸体彫像の運命など、股間をめぐるモンダイに果敢に光を当てる捧腹絶倒・前代未聞の書。大幅増補で登場!
目次
第一章 股間若衆/第二章 新股間若衆/第三章 股間漏洩集 こぼれ落ちた問題の数々/付録 股間巡礼/股間若衆の予備軍 小便小僧に会いに行く/生息地探索/股間もいろいろ/考える人たち/西武池袋線沿線をゆく/城下町金沢になごむ/あとがき/文庫版増補 十三年目の股間界隈/文庫版のためのあとがき
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
HANA
50
最近街中に建つ全裸の女性像が問題視されていましたが、同じように存在する男性像は何ら変わるところなく突っ立っております。本書はそんな男性像の変異や股間の様相を美術史に基づいて解説した一冊。特に笑っ…感心したのは様相の観察で、曖昧なままにする。下着をつけている。葉っぱが張り付いている。等の表現に苦笑しつつ当局との戦いの跡を感じる。とはいえ基本全編芸術家が如何に当局の言う「公序良俗」と戦い、あるいは受容したかの歴史である。基本こういうのは女性の裸体が多いのだが、それを裏側から見てるみたいな奇妙な視点であった。2025/12/18
スプリント
5
まさに「曖昧模っ糊り」の研究成果を堪能できました。 中身は至極真面目な内容です。2025/11/28
totuboy
5
表現の自由を求める中で、特に男性裸体像がどのように扱われてきたかを明治以降の流れを研究した本。男性の股間について、服を着ているようにも見えるが少しふくらみを持たせるといった「曖昧模っ糊り」という日本独特の表現がどのようにして生まれたかを研究している。黒田清輝が西洋から「ネイキッド」ではなく「ヌード」という考え方を紹介し、それこそが真の芸術であると主張するが、猥褻物とみなされ、布で隠されて展示されるといったせめぎあいがあった。日本文化の中で、それがどのように変化し受け入れられたか、筆者の考察は面白かった。2025/09/15




