内容説明
仕事、言語、人との出会い――
海を渡ったわたしの日常が、わたしのあり方を変えていく。
舞台は1980年代のドイツ、ハンブルク。
本の取次会社の研修生になった「わたし」が重ねてゆくのは、多様な人たちとの身近な交流。
やがて未来への、思いがけない糸口が見えてきて……
読売新聞連載の最新長編小説
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
どんぐり
88
ハンブルクの書籍取次会社で研修生として働く若い日本人女性の日々は、ドイツの言語と文化に出会い、孤独のあいだを行き来する。人と会い、食べ、歩き、観察することが、彼女にとってはこの世界と自分をつなぐ営みである。週末にはマグダレーナの家に泊まることが習慣化し、他者の生活に身を浸すことで自分の輪郭を確かめようとする。感情の起伏が激しいマグダレーナとの関係には、恋人のような同性愛的な気配が漂う。毎日の課題として日本に手紙を書き、ドイツ語を学び、小説を読んでは書き、根をつめるとエルベ川沿いを歩き続ける。→2026/06/27
kei302
52
1982年 書籍取次会社の研修生としてハンブルクに着いた「わたし」の4月から冬までが淡々と綴られる。エルベ川の流れとベルリンの壁が「わたし」のようだ。流れてゆく「わたし」、考えたり思い悩んだりする内面と他者に見せる姿は固い壁で仕切られていているが、その壁には徐々にひび割れが生じ、知り合った人たちとの壁が取り払われたとき、「わたし」は小説の冒頭部分を描き始める。大きな出来事は起きない。多和田さん自身が体験したことがベースになっていて、大満足。2026/01/13
フランソワーズ
30
主人公の私は本の輸出会社の研修生としてハンブルクへ来た。正社員ではないから、いつかは戻らなくてはならない。それでも今は楽しい海外生活。その半面、将来何をしたいのかという命題に抱えている。ドイツでの生活の中で、言葉に不自由さを感じながらちょっとした言葉に疑問を抱く中で、自分のやりたいこと(小説を書く)が見えてくる。その意味ではこの『研修生』という半自伝小説は、作者にとっての人生の研修期間であったのだろう。2026/04/18
踊る猫
30
たとえば「かかとを失くして」的な不条理な迷宮世界や、あるいはドイツ語と日本語のあいだで果敢におこなわれる言語実験を(つまりいかにも「多和田葉子」的な世界を)期待すると肩透かしを食らう。書かれているのは80年代前半のドイツにおいて主人公がある会社の研修生として働くという、淡々とした経過なのだ。そこには恋の鞘当てもなければこれといってわかりやすい悲喜劇もない。異文化に出くわした主人公の新鮮なおどろきもない。若々しさもなく、つまりは地味な純文学……なのにこの作品はこちらのページを繰る手を止めさせない安定感がある2026/04/18
いちろく
27
そうか、著者自身の半自伝的小説でもあったのか! 大学卒業後に研修生としてドイツにある出版取次会社へ勤務することになった主人公の「わたし」。著者の小説にしては凄く読みやすい。ただ読みやすい小説が容易とは限らない。著者の作品で500ページ超えの内容に出会うとは思わなかった。これまで出会った作品以上に淡々として抑揚がなく同じ様な間隔で展開が進むと思っていたら、新聞連載だったと知り納得。作品を通じてドイツが統一される前の1980年代前半の雰囲気の一端にも触れられた気がした。2025/12/04




