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内容説明
総力戦の時代、日本にどんな選択があったか
昭和史に新たな光をあてる!
昭和10年、人事抗争の末、陸軍省内で殺害された陸軍の最高頭脳、永田鉄山。彼が挑んだのは「国を守るための戦争か、戦争のための国家か?」という総力戦のパラドックスだった。その永田の国家総動員体制論と、国家観として、正面からぶつかったのが美濃部達吉「天皇機関説」であった。
トランプの関税外交ひとつとっても、国家と国家が、経済、政治、外交など
総力でぶつかり合う「総力戦」は、実は現代の世界にも通じる難問にほかならない。総力戦の時代、日本にどのような選択があり得るのか?
〈ひとたび総力戦が開始されると、国家の存続、国民の安全のためには、その国の軍事、経済、政治、社会生活、文化などのすべてを動員して戦わなければならない。これが「総力戦」の出発点のはずである。ところが、総力戦を前提とすると、「国民と国家を守るための戦争」であるはずのものが、「戦争のための国家」へと反転してしまう。それは、「国家総力戦」自体がもつ不条理の反映でもあった。国家の全てを賭けて戦わなければ生き残れない、という過酷な現実にいかに対応するか、という難問が、永田のテーマだった。〉(「はじめに」より)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
skunk_c
60
永田鉄山が「統制派」のある種「総帥」的な存在で、革新官僚等との連携で「総力戦体制」を作ろうとしていたことは知っていた。本書は永田がそうした考えを持つようになった第1次大戦の欧州戦線から学んだことの中のジレンマを指摘する。分隊単位の戦闘では個々の兵が命令ではなく自己判断で行動する必要があり、そのためには「自分で判断する」能力が必要と考えていた。一方総力戦体制において資源に劣る日本は、大陸の資源をあてにしながら国内の総動員体制を固める必要があり、それが『国防の本義』に繋がるが、後者は結局徹底的な皇民化となる。2026/01/07
くらーく
2
総力戦なのに、GDPが他の先進国とは比較にならず。 その時点で、戦うのをあきらめて、GDPを増やすことをどうして考えなかったのかねえ。第二次世界大戦をやり過ごせば、世界の工場には。。。なれないか。 まあ、幼少期から軍隊に入った秀才は、どうしても何が何でも戦争することを考えるのだろうね。2026/01/05
まさひーる
0
☆2 新書だから仕方ないのかもしれないが、中身が薄過ぎる。総動員体制のパラドックスというが、本書からは永田鉄山が苦悩した様子は感じられなかった。2025/11/07




