内容説明
これが令和の日本と同じ国なのか…!
なつかしくもおかしい昭和40~50年代の時代の景色がよみがえる。「昭和100年」でもある2025年に改めて振り返る、コンプラ意識ゼロだったあの時代のめくるめく常識、非常識。レトロブームだけではわからない、もう一つの昭和の姿を訪ねつつ、私たちが失ったもの、得たものを考える。
【目次】
第1章 社会――暗くて汚かった街
第2章 学校――カオスな、もうひとつの小社会
第3章 家庭と職場――のん気なようで意外と地獄
第4章 交通――ルール無用の世界
第5章 女性――差別もセクハラも放ったらかしだった頃
第6章 メディアと芸能界――規制ユルユル、何でもやり放題
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ma-bo
90
ドラマ「不適切にもほどがある(ふてほど)」が昨年流行ったからだろうが題名が「不適切な昭和」😆昭和40年頃〜50年代を中心に今となっては驚きの昭和の様子。社会(タバコが吸えない場所、年始に営業している店がほとんどなかった、エロビデオ屋、エロ自動販売機がたくさんあった等)、学校(焼却炉があった。不登校という選択肢がほぼなかった。体罰しごきが当たり前、頭髪や持ち物検査があった等)、家庭(電話は1台黒電話のみ、30代独身男は気持ち悪がられた等)、他交通、女性、メディアと芸能界の6つの章。懐かしいとそうそうの連続2025/11/27
bura
89
私は昭和生まれなのでものすごく今と「地続き」な世界なのだが、改めて読むとこんなに不真面目でいい加減で目茶苦茶な時代だったかと呆れてしまう。著者が練馬生まれで同時代を生きて来た様なのでリアタイあるあるでかなり笑えた。煙草はどこでも吸い放題、飲酒運転がかなり緩い、商店は昼から夕方までしか開いていないし正月はやっていない、学校の体罰やウサギ跳びなど普通、テレビは1台でチャンネル争い、女性の裸を放映していた、女性は24歳が「旬」等などなど…何とも凄まじい。でも今の様な閉鎖感が無い、自由でがんばれる時代だったなぁ。2025/12/18
keroppi
65
読友さんが読まれていて、面白そうなので読んでみた。まさしく私が生きてきた時代、あーそうだったなぁと思い出すことがほとんど。今から見ると、なんといいかげんだったのか。今では考えられないようなことばかり。しかし、それはそれで楽しく未来を夢見て生きてはいたんだが。「年始に営業している店はほとんどなかった」という項目もあった。そんな時代に流れていた「おせちもいいけどカレーもね」というレトルトカレーのCMを思い出す。年末に買い置きしていたものだった。キャンディーズがやっていたなぁ。2025/12/30
クリママ
57
社会、学校、家庭と職場など6章、140の昭和の様子。小学校の校門のそばには怪しげな業者がよくいたし、家には黒電話が1台しかなかったから友達からの電話は母親が取り次いでいたし、家族でテレビを見ながら晩ご飯を食べていたし… なんだか笑っちゃうけどそうだったの連発。「野蛮で乱暴、いい加減で不潔、不便なことだらけの時代」。でも、不登校の子はいなかった。少なくなった子供は大事にされて弱くなった。PCやスマホで一気に時代が変わったが、便利になった分忙しくなった。あの頃の方が輝いていたと思うのはばあさんの負け惜しみか。2025/09/07
つちのこ
47
著者の年齢は公表されていないが、1981年に大学生だったということなので、ほぼ同年代。私も同じことをリアルタイムで見て体験してきている。どうりで、昭和40年代から50年代に絞ったテーマはどれも刺さるわけだ。あとがきにもあるが、これほどたくさんの懐かしい記憶を綴れたのは、小学校時代からの日記やメモによるものという。手放しであっぱれをあげたい。想えば昭和はたしかにハチャメチャな時代だったけど、それを赦す大らかさと日々の生活にゆとりがあった。がんじがらめになって、しがみつくように生きている令和の今が疎ましい。2026/01/21




