内容説明
尾崎一雄や川崎長太郎の私小説、江藤淳の鋭い文芸評論、大江健三郎の力作長篇、加能作次郎など現代ではあまり顧みられなくなった作家を熱心に取り上げるリトルマガジン、フランスのヌーヴォー・ロマン……坪内祐三は「文学」を愛するが、その目利きは確かで厳しい。
定点観測的に、そして広い視野をもって「文学」の言葉をフィールドワークし、自らの存在をかけてギリギリまで向き合い、咀嚼し、論ずるうち、自身のリアルタイムの状況までもが否応なしに滲み出すような比類なき表現、すなわち「文学」となって結実する――一九九九年半ばから二〇〇〇年末までに至る「暴走」の記録。
目次
中上健次の不在から、話は高橋源一郎・室井佑月の部屋へ
あいまいな日本の「私小説」
庭師と「文学」、本屋のおやじと「文学」、文学者と「文学」
「フランス文学」と「文学」との関係について
「年表」が「文学」になる時
十一月十日の死亡記事に載っていた二人の文学者
この半世紀の文芸誌新年号の短篇小説を、十年ごとに「おせち料理」のようにつまむ
柄にもなく、少し使命感などを覚えていたその時に……
二〇〇〇年における新聞小説のリアリティとは
「ゼロ発信」と「めぐり逢い」の間の二十五年
母国語でない、素敵に素晴らしい日本語に出会うまで
批評としての書評とポトラッチ的書評
「書評」は誰のため(「ため」に傍点)にするのか
大学の文学部と「文学」の関係について
「言葉」の「正しさ」と「正確さ」の違いについて
インターネット書評誌の私物化を「ぶっ叩く」
沢木耕太郎の純文学書下ろし小説『血の味』を読んでみた
消費される言葉と批評される言葉
その夜の出来事
「あとがき」にかえて
解説
年譜
著書目録



