内容説明
ある問題について対話や議論をするにしても、前提や土台を共有できない、軽く受け流し冷笑・嘲笑する、傾向が強まっている。特にSNSやネット上で幅を利かせる「論破」。人はなぜ言葉を交わすのか──人間と対話の本質的な関係を哲学の視点から解き明かす。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
踊る猫
31
著者の意見に若干異論を持つが、むろんそうした異論を喚起させるだけの強度をそなえた好著とぼくは読む。日本式のポピュリズムに対していったいそうした風潮がどのような魔性を持ち、どう真剣な議論を弱体化させていくか著者はつぶさに分析を重ねる。そこから提示される結論として著者はあらたな社交(公共圏?)の復権を説く。もちろん同意したい。だが、ひろゆきのような論者ならそれこそそうした著者の社交の定義をまぜっ返すのではないか。そうした著者の「ベタ」を嘲笑いかねない仕草に対して、この著者の戦略はいかにも脆弱かな、と心配になる2025/07/05
小鈴
14
第一章のひろゆき論は面白く読んだ。論破に対して論破で返していくとひろゆきと同じ怪物になる。ではどうしたらよいのか?という問いから、その背後には「議論に対する信頼の欠如」があり、ハーバーマスに言及し、最終的に「社交」で解決をはかろうとするわけだが。。。結論は物足りないかな。 そもそもネット技術の進化というか、動画サイトはアテンション経済のため「社交」できずに「面白さ」を追求してしまうからこうなっているわけで。相手とちゃんと向き合える(社交できる)システムならこうなってないわけで。。。 2025/06/28
oooともろー
9
ひろゆきの論破力を題材に、社交力の復権を説く。真の対話。2025/06/06
エリカパパ
7
トランプ大統領や兵庫県知事の言動がずっと気になっている。このイライラは何か。それは世間や民主主義世界は共通する価値観を持つという前提に立つからだ。本書ては、権力者が嘘を隠そうとしなくなり、その結果嘘をついているか否かということがもはや重要ではなくなってしまう世界にいるとある。あらゆる真実がそれを眺める人の立場によって条件づけられるなら、「私」にとってはとても真実とは思えない主張も、その主張をしている人にとっては真実であると認めざるを得なくなる。著者がその打破に掲げる「社交」は果たしてどこまで有効だろうか?2025/06/11
linbose
5
★★★★☆ 論破芸は、自身の信条と関係なく相手を論破する技術であり、客観的エビデンスを要求するが、その存在自体疑わしく、それを提示することは不可能なので、どんな主張も妥当でないと結論づけることができる▼ポスト・トゥルース、SNSが議論の過激化、詭弁の蔓延を助長している▼論破芸の怪物を論破しようとして、自らが詭弁を弄する怪物となる落し穴に陥らないようにするには、これと敵対し、退場させようとするのではなく、あくまで優雅に振る舞い、議論を楽しめるようにすることが求められると。大人にならないといけないですね2025/06/19
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