内容説明
ある問題について対話や議論をするにしても、前提や土台を共有できない、軽く受け流し冷笑・嘲笑する、傾向が強まっている。特にSNSやネット上で幅を利かせる「論破」。人はなぜ言葉を交わすのか──人間と対話の本質的な関係を哲学の視点から解き明かす。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
やっさん
81
★★★★ 論破王ひろゆきを、あらゆる角度からの分析で〝論破〟した一冊。言語化コンプレックス&エビデンス至上主義が生み出したモンスターだというのは納得できた。あのヘリクツショー、面白いから好きなんだけどな〜。2026/01/09
踊る猫
33
著者の意見に若干異論を持つが、むろんそうした異論を喚起させるだけの強度をそなえた好著とぼくは読む。日本式のポピュリズムに対していったいそうした風潮がどのような魔性を持ち、どう真剣な議論を弱体化させていくか著者はつぶさに分析を重ねる。そこから提示される結論として著者はあらたな社交(公共圏?)の復権を説く。もちろん同意したい。だが、ひろゆきのような論者ならそれこそそうした著者の社交の定義をまぜっ返すのではないか。そうした著者の「ベタ」を嘲笑いかねない仕草に対して、この著者の戦略はいかにも脆弱かな、と心配になる2025/07/05
エジー@中小企業診断士
21
「論破力」が美徳として称揚される現代社会において議論の場に蔓延しつつある「詭弁」に対してどのように対抗するべきかを考察。トマス・クーンのパラダイム論、トランプに象徴される「ポスト・トゥルース」にはキャス・サンスティーンによるソーシャルメディアにおける集団分極化を指摘。言語化能力が要請される背景を検討し三宅香帆の議論を参照。詭弁に翻弄される根本原因をユルゲン・ハーバーマスの市民的公共性の概念で検討。議論への信頼回復への結論は、カント、ジンメル、ヤスパースの思想を参照しながら、誰が相手でも社交できる能力とする2026/05/09
小鈴
16
第一章のひろゆき論は面白く読んだ。論破に対して論破で返していくとひろゆきと同じ怪物になる。ではどうしたらよいのか?という問いから、その背後には「議論に対する信頼の欠如」があり、ハーバーマスに言及し、最終的に「社交」で解決をはかろうとするわけだが。。。結論は物足りないかな。 そもそもネット技術の進化というか、動画サイトはアテンション経済のため「社交」できずに「面白さ」を追求してしまうからこうなっているわけで。相手とちゃんと向き合える(社交できる)システムならこうなってないわけで。。。 2025/06/28
pppともろー
10
ひろゆきの論破力を題材に、社交力の復権を説く。真の対話。2025/06/06




