内容説明
ブッダの教えはどんな「幸せ」を創造できるか?
2008年、ミャンマーで著者は戒律の厳しい「森の寺院」で出家する。布施のみで生きる出家者のあり方に仏教の可能性を確信し、帰国後京都で新寺院を立ち上げて現代日本に即した仏教のあり方を追求しはじめたが……。宗教の本質と現代的可能性に迫る、一気読み必至の学術ノンフィクション
【内容】
はじめに
第一章 「律」厳守の挑戦 ――タータナ・ウンサウン寺院
第二章 「善行」の共同体 ――ダバワ瞑想センター
第三章 「即身成仏」という理想 ――実験寺院・寳幢寺
おわりに
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Roko
27
「本末制度」という言葉を初めて知りました。「本末転倒」というのは、この制度を崩してはいけないという所から生まれた言葉だったのですね。本来は、心の平安を求めるためにある仏教なのに、葬式仏教と呼ばれるようになってしまったのは、それこそ「本末転倒」な、悲しいことですよね。仏教は宗教というより“哲学”である」という考え方で運営されている寳幢寺は、日本の仏教の中では特殊な形態ですが、こういう「開かれた」寺院の存在がとても気になります。何か悩みができた時に訪れてみようかと、記憶の端に留めておきたいと思います。2026/03/28
エジー@中小企業診断士
8
現在進行形の仏教。実験寺院のフィールドワーク。上座部仏教の国ミャンマー。タータナ寺院は「律」遵守の挑戦。森の教学寺院。初期仏教時代の形態を強く留めるパーリ仏典(律・経・論)に依拠。律とは出家者のみに適用される教え。在家者のタータナ協会が寺院を経営する。ダバワ瞑想センターは「善行」の共同体。瞑想と社会福祉の融合。ヴィパッサナー(観察)瞑想が主流。国内最大の社会福祉センター、二万人近くが暮らす。京都の寶幢寺は即身成仏を理想として布施のみでの経営を目指す。松波龍源師のメディア出演が転機。仏教OSの社会実装の実験2026/03/26
お抹茶
5
ミャンマーの寺院でのフィールドワークと日本の寶幢寺での経営経験を記す。行政による福祉サービスが不十分なミャンマーでは社会福祉活動を行う寺院があり,世俗教育を行う寺院もあり,在家者と極力交流を避ける寺院もある。社会福祉活動を行う寺院は世俗的な幸せへの貢献が超俗的な幸せに繋がると考えるが,出家者が自らの修業に専念することを優先する寺院もある。律遵守の挑戦は,社会との関係および寺院組織内部における在家者との関係の調整という問題として現れる。寺院は社会と仏教を繋ぐ装置と考える。2025/04/02
ももいろ☆モンゴリラン
3
流行りのAIブッダとか、ドローン仏の話かと思ったらミャンマーの戒律に厳しい寺院や善行の瞑想センターに何年も滞在して仏教を文化人類学した本だった。まず著者のその経歴に圧倒され(軍事政権下)、ミャンマーの僧侶たちの考え方に圧倒され、なんてえかもう経営とかいいんじゃないすか、貫けば人とお布施はついてくるんじゃないすか…とおもったところで第三章。資本主義に毒された現代日本で仏教を改めてとらえ直す動きは先に触れた先端技術との融合も然り、この強かさこそ何百年も続いてきた宗教の凄みだと思った。2026/03/22
tetsuwo
3
皆に役立つと信じる思想を持っているだけでは飯を食えない。非営利で組織を経営することのジレンマを体験できる。必要最小限の顧客(スポンサー)を確保するために大衆に迎合するも、思想の本質の普及からはどんどん遠ざかる。本書ではマスメディアの目に止まったことで首の皮がつながったが、本質の普及はここからどうするかにかかっているだろう。そもそも、思想の普及と飯の糧を同じ活動内で完結させようとしてはいけないのかもしれない。2025/05/11
-
- 電子書籍
- 精霊の農夫【タテヨミ】第126話 pi…
-
- 電子書籍
- 人気絶頂女優の私が、急死してぽっちゃり…




